1884.05.03(Sat)

 エミル・バスティアン・ルパージュが11時半に来る。私は本当にびっくりして降りていく!
 彼は私に話すためたくさんの良いことをもたらす。私は真に偉大な成功をしている。
「あなたとしてはとか、あるいはアトリエの仲間の人たちに比較してというのではなく、一般的の成功です。──私は昨日オランドルフに会いました。と彼は、もしこれがフランス人の作だったら、国家が買い上げるだろうと私に言いました。「ああ、あるほど! 実にしっかりした男だ、このムッシュ・バシュキルツェフというのは。」(札にはムッシュ・バシュキルツェフと署名してあるので。)それで私はその人に、あなたがまだ若い婦人であることを告げました。「美しい方」だと言い添えて。否!! と言って、その人はなかなかそうは思い返せない様子でした。そうして皆があれを大成功だと言って、私に話しかけます。」
 ああ!! 私はそれを少し信じ始めた。信じすぎることを恐れて。そう言ってもあなた方には考え及ばないほどの控えめな態度で。私はようやく若干の満足を感じることを自分に許す。
 要するに、私は人が自分を信ずるというのを最後に信ずる者となろう。しかしそれが良いようだ。
 ──芸術家としての一つの真実なる、そうして非常なる大成功です、と、エミル・バスティアンは言う。
 では、1874年か75年のジュール・バスティアンのようだと言うのか? ああ! 主よ。さらばやっぱり私は喜びにみなぎりあふれるというわけにはいかない。と言うのは、私にはそうとはほとんど信じられないから。
 私は喜びにみなぎりあふれるべきであるのかもしれない。この卓越した友は、彼の兄の親友なる彫刻家のシャルル・ボオドのために特評証に署名してくれるようにと私に乞うた。
 このボオドは「モード・イリュストレ」のために私の絵を写真に撮ったり彫刻しようというのである。それは良い。
 彼はまた私に、フリアン(彼は才能を持っている)が私の絵に熱心だと言った。
 私の知り合いでない人たちが、私のことを話したり、私のことにかまけたり、私を批判したりしている。何という幸福であろう!! ああ! それをあれほど望んだり、あれほど待ったりしていながら、そうとは信じられないくらいに!

 私は写真を写す特許を与えるために、むなしく待った。一昨日、私の知らない者が、それを乞うため私に手紙をよこした。私はそれがポオドであってくれれば良いと思う。バスティアン・ルパージュは彼のことをシャルロオと呼んでいて、彼に8ページもある手紙を書いている。
 私が社交界の婦人の描くような絵をでも描いているものと思い込んでいて、そしてアリスやそのほかの愚かしい少女たちに向かってそうした挨拶をしている愚か者たち皆の祝辞を受けるために、私は母の客間へ降りていく。
 そこで!
 私の成功を最も如実に感じているのはロザリであると、私は思う。彼女は狂気したごとく喜んで年老いた乳母としての愛情をもって私に話しかけ、そうして女門番みたいに右に左に様々な事柄を物語ったりしようとする。彼女にとっては、何事かが起こったような騒ぎである。一事件が出来したような。
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by bashkirtseff | 2011-08-11 13:06 | 1884(25歳)
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