1884.03.31(Mon)

 ほとんど何にもしない。私の絵は位置の悪い場所に並べられることだろう。そうして私は賞牌も取られないであろう。
 それから私は非常に熱い湯に、1時間以上も浸かった。そうして血を吐いた。
 ばかな、と、人は言うであろう。それはそうかも知れない。けれども私にはもう知恵もなく、勇気もくじけてしまって、一切に対する様々な苦闘で半ば気違いのようになっている。
 ああ……何を言おう、何をしよう、もしこうした状態が続くならば、私は18で行ってしまうだろう。しかしもし私がいま少し平静でいられたら、さらに20年は生きられるかも知れない。
 そうだ、あの3というのがのみ込めない。ジラアルやブレスロオは、2の番号を取っている。それに私は? 40人の審査員がいて、大勢の声は私を2だと言ったというから、その番号は私のものだと思っていた。15人の声が私と言い、そうして25人が反対したと仮定する。この25の声……審査員は15名あるいは20名の大家と、名前も知られてない凶猛無残な絵を描いているような20名の陰謀家たちから成り立っている。これは一般に知れ渡っている醜事実である。要するに、そうなのである。そうして、それは戦慄すべき打撃である。さて、そうは言っても、私は明敏であって、私は自己を知っている。いや、何も言うことはない。……私の絵は非常に良いものであったように、私には思われてきた。……
 ああ! 決して、決して、決して!! 私は今日くらい絶望の奥底に触れたことはかつてなかった。いかに低いところを駆け回ればとて、それはまだ死ではない。しかし暗黒でそうしてねとつく奥底に足を触れる。……それを言うのである。それは境遇でもなく、家族でもなく、世間でもない。私の才能の欠乏を指して言うのである。ああ! それはあまりに恐ろしい。なぜと言うに、人に向かって助けを叫ぶすべもなく、人間の力も神の力も及ばないから。私はもう労作する可能性を見ることが出来ない。すべてが終わりのように思われる。
 ではそこに完全な感覚があるのではないのか? 奥底からの倦厭の? そうだ。それでは! あなたの理論に従えば、それは1つの享楽でなければならぬ。──違いない!
 それはどっちだって私には同じことである。私は臭化物(プロミュウル)を取ろう。そうすれば私は眠れるだろう。それに神は偉大である。そうして非常な悲惨時の後には、いつでも私に何かしら小さな慰めがある。なお言おうならば、私はそうしたことをすべて物語ったり、頭の中の考えを言葉に出したり、打ち解け話をしたりして、自ら慰めをすることすら出来ないのである。……何にもない、誰もいない、誰もいない! ……
 心の貧しき者は幸いなり。訴うべき神を信ずる者は幸いなり! 何をか訴うる? それは私に才能がないからである。
 あなたにはよくお分かりでしょう。それは行きつまりである。それは1つの享楽でなければならぬ。
 もしも私の様々な惨めさにも見物人があるというなら、そうした点であるかも知れぬ。……
 人の悲痛は、続いてその人たちが有名になると、友人たちによって語り伝えられる。と言うのは誰でも友人はあるから、その友人たちとほかの人とが話し合うから。私にはそうした友人がいない。そうして私が一人で嘆くとき! 私が言うとき! いや、私はもうこぼすまい! それからその後は? それは何人に対しても損失になるわけではない、私に才能がないだけのことだ。
 では自分のうちに閉じ込めておかねばならぬところの、そうして何人に対しても何の増減するところもないところの、そうしたすべての事柄……そこに最大の屈辱なる最悪の苦悩がある。と言うは、何ものでもないところの自分自身をば知り信じ信ずるからである。
 もしもそれが続いたなら、誰だってそうした状態で生き永らえてはいられぬだろう。
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by bashkirtseff | 2011-03-13 23:27 | 1884(25歳)
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