1884.02.23(Sat)

 元帥夫人とクレエルとが、私の絵を見に来るマドレエヌ・ルメエルの接待のために、1時ころ来た。この夫人は有名な水彩画家であり、また社交界でも評判な人である。しかし彼女は自分の絵を非常に高価に売っている。彼女は、従って、お世辞よりほか言わなかった。
 だから私は不機嫌で、腹立たしい。これはおそらく私がやがて死ぬからかも知れない。しかし私の生涯はその初めからこまごましたことや、ばかげきった事柄までも余さず、今私の目に現前してきて、それが私を泣かせている。私はほかの人たちみたいに、決してしばしば舞踏会へ行くようなことはしなかった。1年に3度か4度行くきりだった。私は2年この方そうしたところへもしばしば行けば行かれたのである。でもそのころから舞踏会はもう私を楽しませることが出来なかった。
 そうしてそんなことを後悔しているのが大芸術家であるというのか? 全く、そうなのである……で今は? 今では、舞踏会などとは別なことがある。それは思索する者、著述する者、絵を描く者、働く者、歌う者のすべてを、知識階級の生活を営む者のすべてを落ち合わせる会合である。
 もっとも哲学的な人たちやもっとも理性の発達した人たちは、1週に1度か月に2度くらい、パリの知識階級の花である人たちと会合することを侮蔑しはしない。……私がこんな説明までするというのは、私には分からないのだけれども、私はきっと死にかけているからだ。私はいつも不幸であった! 仕事の上からやむなく、私は本当の社交界に関係を持つようなはめに立ち至っている。そうは言ってもやはりこれは屈辱である。
 自分の上を哀れんでもらうことの出来るような神のあることを希求しない者は、あまりに不幸だ。……しかし、もしそうした神があるとすれば、神は何事もあることをあるがままにさせておかれるであろうか、またそう言う私が、このように不幸であるためになした事柄をも、そのままに打ち捨てておくだろうか?
 これは人をして信ぜしめ得る聖書の説くところではない。これは歴史的のひとつの教義に過ぎないのであって、そうした教義では、神に触れている一切の言説が幼稚極まるものである。
 私たちは1つの神しか信ずることは出来ない。……すなわち抽象的で、哲学的で、大なる神秘であり、地であり、天であり、全なる神しか。
 しかしこの場合神は私たちに何事もして下さることは出来ないのである。この神、この神をば私たちは驚嘆もし、また私たちは星を眺めたり、科学的な問題や精神的な問題を考えたり、ルナンを考えながらでも想像してみることが出来る。……しかし一切を見ているところの、万事に心を労しているところの神、そうした神にこそ私たちは何事をも祈願することが出来るのである。……そうした神、私は本当にそれを信じたいのかも知れない。しかしもしそうした神が存在しているとすれば、神は何事もなすがままに任せておいたであろうか?
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by bashkirtseff | 2011-03-06 23:05 | 1884(25歳)
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