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1875.12.28(Tue)

 私は寒くて、口が燃える。私は強い性情の者が、ニースみたいな町からちょっとでも苦しまされたり、いらいらさせられたりするのはつまらないことだということをよく知っている。頭を振って、軽蔑的に微笑して、もはやそのことを考えないようにすれば、それでたくさんだろう。怒って泣くのは、私には余計に楽しみになる。
 私は非常に神経過敏になって、舞踏曲でない音楽を聴くとすぐに涙が出る。またどんなオペラへ行ってごくごくの平凡な言葉を聞いても胸が痛くなる。
 こういう心持ちは30の女になら、ふさわしいかも知れない。けれども15で神経過敏になって、愚かしい感傷的な言葉を聞く度にばかのように泣くというのは哀れな話である!
 今し方私はひざまずいて、すすり泣きながら、両手を広げて、すぐ目の前に神がいるか何ぞのように、神にお祈りをした。神は私の言うことを聞いてくれる様子はなかった。それでも私は声を立てて泣く。なんだか神に対して生意気なことを言っているような気がする!
 私は今絶望して不愉快で、何事をも期待していない。たとい敵意あるニースの社会が皆私の前に来てひざまずいても私は動かないだろう!
 そうだ! そうだ! 私は足げにかけてやる! なぜと言うに、私はそれに対して何をしただろうか?
 私の神様、私は生涯をこんな風に過ごすのでしょうか?
 月曜日には射的祭があるはずだ。今では私はそんなものをば気にかけない。それなら以前は?
 私はすべての作家の才能を一人で集めて所有したく思う。それは私の深い絶望、私の傷つけられた自愛、私のあらゆるよこしまな願望というようなものをすべて真実に書き留めておきたいからである。
 私はただ出来そうもないことを望むだけである!
 私は往来で飢えて、子どもに打たれて、さまよい歩いている犬を見いだすだろうか、朝から晩まで自分の力以上の重荷を引いている馬を見いだすだろうか、水車小屋のロバ、教会のハツカネズミ、授業をしない数学の先生、失職の牧師などを見いだすだろうか、要するに私と比較されるほどにおしくじかれた、哀れな踏みにじられた、押さえ付けられた、悲しげな者を見いだすだろうか?
 私にとって一番恐ろしいものは、過ぎ去った屈辱が容易に私の心から滑り去らないで、いつまでも嫌な後を留めていることである!
 あなたは私の状態を理解することは出来ないでしょう。あなたは私の存在の中に入り込むことは出来ないでしょう。あなたは笑っています。……笑っています、笑っています! けれども泣いてくれる人もあるでしょう。神様、私を哀れんでください。私のお祈りを聞いてください。私はあなたを信じていることを誓います。
 私の性格のような性格があって、私の生活のような生活があるのだ!!!
 私は私の年ごろの楽しみをさえ持っていない! 私ははかまのすそを短くしたアメリカの娘でも持っているようなものを持っていない。私は舞踏をさえしない! ……
by bashkirtseff | 2004-12-23 15:44 | 1875(16歳)
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