1884.01.14(Mon)

 私はなんだかダンヴィレエル(バスティアン・ルパージュの故郷)に旅行したような心持ちがする。エミル・バスティアンが私たちに残らず話して聞かせたから。絵の計画も、生活状態も。……彼は決して暗がりでは何事をもしない。また私たちに沈黙を強いるようなこともしない。彼は決して……。もし彼がコンカルノーの写生を見て来るようにと私たちを誘わなかったとするなら、事実は彼は決して他の何人をも誘わなかったのである。彼は、自分が休息のために行ったにもせよ、コンカルノーでの幾つかの習作を見に来るようにと誘ったりするのは、気取っているように思われたのかも知れない。要するに、彼は私たちのところで非常に丁重に歓待されたので、そうした儀式張ったあいさつが述べられなかったのだという。彼の方では、私たちが行ってあげたら喜ばしかっただろうと言った。彼は重大な絵を見てもらうためにも、何人をも招待しないのだという。ただ彼の謙遜な弟に向かって、2、3の友人に前もって言っておいてくれるようにと言うだけだという。……
 しかしここにもっと重大なことがある。彼の弟が彼に私の絵の話をしたとき、彼は弟にこう言った。──なぜおまえは私がパリにいたときにそう言ってくれなかったのか、そうしたら見に行ったろうに。
 ──私はパリでは彼に何にも言わなかったのです。なぜって、例え彼が来たところで、あなたはいつものように皆隠してしまったでしょうから。彼はあなたの描いているものを何にも知らない。ただわずかにあなたの家の客間を知っているきりです。あなたはあなたの絵を裏返しにしておしまいになる。本当にあなたがあんなまねをなさると、彼はもう決して再びあなたの絵は見まいと思うのをご承知ですか? ……
 ──私がもしお願いして、もし批評を聞かして下さいと言ったら、聞かして下さるでしょうか?
 ──いつでも喜んでお話しするでしょう。
 ──でも私はお弟子ではございませんもの。本当に! ……
 ──それがなぜいけないのです? 彼にとっては願ってもないことかも知れません。彼はもしあなたに相談を受けたなら、非常に喜ぶでもありましょうし、また公平な意見も吐きましょう。常識のある意見をです。彼は、何らの偏見もない、非常に公平な審判者ですから。……そうして彼は興味あるお弟子を持つことを幸福に感じるでしょう。……私の申すことを信じて下さい。彼の方では非常に喜んで、非常に満足するでしょう。
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by bashkirtseff | 2011-02-27 23:28 | 1884(25歳)
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