1883.12.10(Mon)

 午前、彫刻。午後は、笑っている女の胴衣と花束を描く。それは半ば踊り子で、半ばモデル女の、かわいらしげなやくざ女である。そうしてよく笑う。それを仕上げる。ガス灯で、──デッサンを描く。開かれたピアノのそばで読書している女。仕上げる。もし毎日がこのようであったなら、さぞ愉快であろう。
 しかし50人の無名の画家たちは私のしているようなことをしていて、天才に窒息させられるというような不平は言わない。それと言うのも、もしあなたが天才に窒息させられるようならば、あなたは天才を持っていない証拠である。天才を持つ者は、それを担うに足りるだけの力はあるはずである。
 天才という言葉はという言葉に似ている。私もこの言葉を初めて書くときには苦痛だった。しかし一度書いて以来は、私はこの言葉を毎日、そうしてあらゆる事柄に関して使った。それはちょうど誰でも、最初は大きな、恐ろしい、近寄りがたく見えているすべての物に対すると同様である。でも一度それに接触してしまうと、今までのちゅうちょや恐怖を取り返そうとするもののごとくに、それに入り浸りになってしまう。こうした精神的な観察も、私には充分に明晰なものとは思えない。しかし私には私の液体を費やす必要がある。私は夕方の7時まで仕事をした。それでもまだ残っているので、それを私のペン先から流れ出させようとしているのである。
 私はやせてきた。どうか……神は私に寛大であっていただきたい!
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by bashkirtseff | 2010-12-02 23:23 | 1883(24歳)
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