1883.11.24(Sat)

 ある驚くべきことが起こって、それが非常に私を愉快にしている。私がイスキアの福引きに出しておいた「釣りを垂れる漁夫」がオテル・ドルオーへ行って、種々の絵を集めたコレクションの中に入っている。小間使いたちのうちの一人の亭主がやってきて、バシュキルツェフと署名してある絵がオテルに売りに出ていて、今夜売り立てられると、驚いて話して聞かせた。母とヂナとが行って、130フランで競売されるのを見てきた。130フランという金はあなたには何でもないでしょうが、私にとっては巨額です。あれには額縁はなかった。20フランの框(バケット)の他何にもなかった。従って私の絵はオテル・ドルオーで110フランで売れたわけである。母たちは私に230フランだったと信じさせようと努めた。が私は、2と言うのは1のことであると、カタログを見て知った。ヂナは公爵夫人たちやそのほかの人たちに向かって、430フランだったと言った。おお真実! 要するに130フランが真実である。皆はそうは言わず、ヂナは、居合わせた人たちが皆自分の顔を見ているようで、母などは怖くなって顔を背けてしまったくらいだと言う。と言ったからとて、私はそうまでも信じないが、とにかく私は非常に愉快である。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:59 | 1883(24歳)
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