1883.11.08(Thu)

 昨日、セーズ街の、工業博覧会の開会には、大勢の人が行った。我が国の大公たちも行かれたと、私は新聞で読む。私はそこへ行くはずだった。それに私は一日をむなしく過ごしてしまった。
 否。もうもがくまい。私には機会がないのだ。そうしてそれが、竪琴に連れて私を歌わせてくれる。もしも私が完全に幸福であったなら。私はおそらくは仕事をすることが出来なかったかも知れない。偉大なる芸術家はすべて、怒れる雌牛を食うた(難●をほめること)と言われている。私の怒れる雌牛、それは私の生きるための唯一の理由なる芸術の足下へと常に私を連れ戻してくれる、こうしたあらゆるみじめさである。
 おお! 有名になりたい!
 私は空想の上で自分が有名になったところを見ていると、それは電光のごとくであり、電池に手を触れたときのようである。私は飛び立つように起きあがり、部屋の中を歩き回る。
 もし私が17で結婚していたなら、私はすべての人のようであったかも知れないと、世間の人は言うであろう。重大な誤解である。私をすべての人のように結婚させ得たとするには、私が一人の別な女であったことが必要だったであろう
 あなたは私がかつて恋したことがあるとでも思うのですか? 私はそうは思わない。そうした一時的な気まぐれも恋愛の外容は持っている。しかしそれが恋であるはずはない。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:37 | 1883(24歳)
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