1883.09.13(Thu)

 私はスタンダールで、苦痛というものは理想化するとそれほど苦く見えないということを読んだ。最も正しい。私の苦痛をばどう理想化したものか? それは不可能である! 私の苦痛は実に苦くて実に平凡で、実にいとわしくて、この日記の中ですら、自分をひどく悩まさずには語ることも出来ない。時としては自分で聞いていてすら頭痛のするようなことをどうして言えよう? さて! 神のお旨はなされるように! この言葉は私から機械的に出たのであって、私はほとんどそう信じている。なぜと言うに、私は全く自然に、激しい苦痛もなく、自ら看取りながら、死ぬであろうから。
 私はそれを気にしない。と言うのは、私は目のことで悩まされて、この15日間というもの制作もしなければ、読書もしない。それだのに良くならない。私は動悸を感じたり、空を過ぎ行く漠としたものを感じたりしている。
 これは恐らく15日この方私が気管支炎にかかっていて、誰でも床につかないではいられそうもないのを、私は何でもない体のようにして出歩いたりしているからであろう。
 私はヂナの肖像に悲劇的な気分で働きすぎたから、髪の毛が白くなるかもしれない。
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by bashkirtseff | 2010-09-01 07:30 | 1883(24歳)
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