1883.08.21(Tue)

 否、私は40になるまでは死なないだろう、マドモアゼル・コリニョンみたいに。35ぐらいになると、私は病身になる。36か7くらいになると、ひと冬床について、亡くなってしまう。私の遺言は! それはサン・マルソーとジュール・バスティアン・ルパージュとから、一つの塑像と一つの絵とを乞うだけにとどまる。──花で囲まれた、目立つ場所にある、パリのどこかの礼拝堂に置くように。そうして、毎日の忌日には、そこでヴェルヂ(当時有名なイタリアの作曲家)とベルゴレエズ(18世紀のイタリアの作曲家)のミサが歌われたり、その他の音楽が奏されたりする。年忌ごとに、永久に、もっとも有名な歌手たちによって歌われるのである。
 そのほか、私は芸術家に、──男たると女たるとを問わず、賞金を残すことにしよう。
 そんなことに心を労する代わりに、私は生きていたい。でも私には天才がないから、そうして死んでしまったほうがましだ。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:51 | 1883(24歳)
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