1883.08.12(Sun)

 バスティアン・ルパージュが来るということを考えると、私は仕事が手に付かなかったほどに、落ち着けなかった。こんなにまで動かされるとはおかしいようである。
 この法王は私たちと晩餐を共にした。……私たちは食卓で話し合った。バスティアン・ルパージュは極端に理知的である。しかしサン・マルソーほど絢爛ではない。
 私は何にも絵を見せなかった、何にも、何にも、何にも。私は、何にも言わなかった。すなわち、私は自分を発揮させなかった。バスティアン・ルパージュが興味ある会話を始めると、私は返事をするすべも知らなければ、彼の絵のように、引き締まって、磨き立てられたその言葉についていくことすら出来なかった。もしこれがジュリアンとであったら、私は返事をしたであろう。と言うのは、ジュリアンは、私には話をするに一番ふさわしい種類の相手だから。……彼は理知的で、何事をも理解し、学問さえもある。私は一種の無学を恐れていた。……
 本当に、私は自分の叡智または心情の美しい点を発揮させて答えなければならなかったも知れないような事柄を彼に言われた場合にも、彼に話させておくきりで、自分はどこまでもばかみたいになっていた。
 私は書き記すことすら出来ない。今日はこうした一日である。私はしどろもどろである。……
 一人きりでいたい、興味ありまた有益であるその印象をはっきりさせるために、たった一人きりになっていたい。彼が来て十分の後には、私は彼の影響を受けて精神的に降伏していた。
 言うべきことを私は何にも言わなかった。彼はいつも神であり、自らもそう信じている。私はこうした信条でさらに彼を築き上げた。彼は小柄で、俗人の目には醜く見えるだろう。しかし私には、また私の領分にいる人たちには、その首は魅惑に満ちている。彼は私を何と思っているだろうか? 私はぎこちなくて、笑いすぎた。……彼はサン・マルソーに嫉妬を感じると言った。……愉快な勝利!
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:40 | 1883(24歳)
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