1883.08.07(Tue)

 1週間たつと、私がサロンの絵を仕上げてから5カ月になると思うと、全く赤面してしまう。5カ月の間に私は何をしたか? まだ何にも。彫刻をいくらかしたことはした。でもそれは勘定に入れない。子供の絵はまだ仕上がらない。
 私は実に不幸である、……容易ならざる。N・Nがここで晩餐をした。そうしてルーヴルの彼のカタログを私に切り売りしながらほとんど一つ一つの絵の場所を話した。私は彼の気に入ろうとしてそれを研究して来たのである。彼はそう信じ込んで、私が彼と結婚するだろうと思っている。そんなことを考えるというのも、私が困っていると思っているに相違ない。それも恐らくは、私が堕落しているなぞと彼が信じているかどうか私にはよく分からないからであろう。
 彼が帰って行った後で、私は悲しくて気絶しそうだった。私は神に何をしたれば彼は私をばいつもぶつのだろう? この近代的なピュティファル(エジプト王朝の武官で、彼の妻は家来のジョゼフに家来の義務に悖らせようとむなしく焦った)は、何を考えているのだろう? 私は決して芸術よりほかのものは愛さないだろうということが、もし彼に納得されなかったとしたら、彼は何と考えるだろう? とは言え、恋愛結婚、そんなものは発見されるはずはない!
 では何でうめき、何で焦るのか? 普通の生活がみすぼらしく思われるのは何がそうするのか? それは私の内にあるある実在の力である。それは私の貧しい文学では言い表すすべを知らないある物である。
 絵のことや塑像のことを思うと、幾晩も寝られない晩が続く。決して美しい人のことを考えたからとて、そんなことはなかった。
 私はスタンダールを読んだ結果、今日の午前ラファエロを見にルーヴルへ行った。で、私はいくら試みてみても、私の見た目では、どうしても彼が好きになることは出来ない。私は初期(ルネッサンス前期)の素朴さの方がさらにずっと好きである。
 ラファエロはすさんでいて虚偽である。
 神聖、神聖! ……神聖、彼が神聖だろうか?
 神聖の特質は私たちを恍惚たらしめて、私たちの考えを天国へ移し運ぶところにある。
 ラファエロは私を疲らせる。
 それなら誰が神聖か? 私はそうした物を知らない。なぜスタンダールは、ラファエロは魂を描いていると言うのであろう? 彼の絵のうちのどれがそうだろう?
 そこに私の労苦して研究せねばならぬ驚異がある。
 私は素朴な、驚嘆すべき初期の芸術家が好きである。それには、かの貴重なるペルジーノ(ラファエロの師/底本:ペリュガン)がある! しかし科学と正確さとに満ちたる荒唐無稽なあの大仕掛けな物や、あるいはまたルーベンス(復古を称道したランマン派の画家)の肉の堆積などが、私に何のかかわりがあろう? でも私はそれに悩まされてしまう! カナの饗宴(パオロ・ヴェロネーゼ作)やラファエロの聖母を私はどうすることが出来よう? 神聖ではない、あんなものは! あの聖母は普通の人間である。そうしてあの子供は? 実際、私はイタリアにあるのを見直さねばあるまい。私のしまってある思い出は好ましくない。……椅子の聖母(マドンナ・デラ・セジオラ)は、気の利いたイタリアの美しい小間使いの一つの型である。ミケランジェロには、もっと神聖さがある。ラファエロ・サンティ。この貴重な名前を聞いてください。
 私は胸をつくような、感動させるような、動悸打たせておくか、でなかったら夢見させておくようなものでなかったら、描きたくない。要するにカザンのあっさりした小さい画布みたいに、心に鍵をかけるような何ものかを描きたいのである。大きさはほとんど問題でない。しかしもし大きな画布でそうした効果に至れるとしたら……それこそすてきであろう。でも、カザンを解する者が果たして幾人あるだろう?
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by bashkirtseff | 2010-08-11 19:34 | 1883(24歳)
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