1883.06.13(Wed)

 もし母を失うような不幸があったら、それこそ私はどんなに責められても仕方がなく、また後悔してやまないだろうと思われる。なぜと言うに、私は非常に粗く激しかったから。……動機は悪くないのは、良く知っている。しかしいずれにしても同じことで、あの極端な口のききようは、すべていけないことであった。……
 それに、母は……そこに言うに言われる心痛があるのかもしれない。考えただけでも私は泣かされてしまう。私は母にさまざまの欠点を認めてはいるが、それは言うても仕方がない。
 母は徳操は正しいが、何にも分からないし、また私をも信頼していない。……あの人はいつでも物事はひとりでにうまくいくものと信じている。そうして「面倒なことはしない」がましだと思い込んでいる。
 死なれて1番私につらいのは、何と言っても叔母だと思う。叔母は生涯を皆のために犠牲にした人である。そうしてただの一瞬間と言えども、かつて自分のために暮らしたことはなかった。バアドやモナコの賭けもので過ごした時を除いては。
 叔母と仲良くするのは母ばかりだ。私はと言うに、私は一月ももう叔母に接吻しない。そうしてよそよそしいことを言うか、でなければ、愚にもつかぬことで非難を浴びせてばかりいる。と言って何も悪意からではない。ただ私もやはり大変不幸な身の上であるからだ。そうして私たちの私事にわたって私が母や叔母を相手にする論判はすべて、短い、薄情らしい、一酷な調子でする習慣になってしまった。もし私が優しいことや、でなくてもおとなしいことをでも言い出そうものなら、私は分別もない者みたいに泣いてしまうかも知れない。要するに、優しいとまでは行かずとも、私はもっと愛想良くして時としては笑い顔を見せたり打ち解けた話をしたりしても良いわけである。そうすれば相手をも幸福にし、自分にも損にはならない。でも、自分の仕打ちをそう急に変えてしまうのは一種虚偽な恥辱の念もあって、私には容易に出来ない。
 で、そうは言っても、あのかわいそうな婦人、その身の上に「献身」の一語に尽きている彼女のことを思うと、私はおのずと心も和み、親切にしてあげたくなる。……そうしてもしも死ぬようなことがあったら、私が悔恨を残していく1人の人はきっとあの叔母である!
 例えば、祖父である。祖父は老人らしい偏狂さを見せるので時折私は我慢がならなかった。でも年寄りは尊敬しなければならぬ。私はついすねた口の利きようをするようなことがあった。それでいて祖父が中風にかかったときには、罪償いをしようとして良くそばへ行ってあげたくらい、私は自分の非を悔いた。
 それに、祖父は大層私をかわいがってくれた。だから私は彼のことを考えては泣く。
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by bashkirtseff | 2010-07-29 07:57 | 1883(24歳)
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