1883.05.18(Fri)

 バスティアン・ルパージュとの交友を非常に望むのは、あまりに友情というものに重きを置きすぎることであり、いわば、この感情を変形してしまうことになり、そうして自分ながら均衡の取れない偽りの境遇に自分を置くことになる。この友情は、カザンのそれのごとく、サン・マルソーのそれのごとく、私にとって非常に快いものになったかも知れない。でも、私は彼の私生活を思うといまいましくなる。要するに、彼はそれほど光栄ある人ではない。すなわち彼は、ワグネルがまさにそうであったように、一箇の芸術家の神ではない。大きな驚嘆の念が許されるべきであるとしても、こうした条件の下においてにすぎないのだ。
 私の望むところのものは、趣味深い1つのサロンを持ちたいということである。でもこの願いは実現にかかるたびに、何かと食い違いを生じてしまう。母は去り、父は死にかけている。私のせいだろうか?
 私は毎週1度晩さん会を開きたいという計画であった。例えば、木曜には社交界の人たちを呼ぶ。土曜には別に芸術家たちの晩さん会を開く。そうして前の土曜に呼んだ主立った名士たちには、木曜の晩にもやはり来てもらうといったように。……
 それもこれも今は水の泡だ。……でも私は、来年は新規にやり直そう。自分が強健な体をしてでもいるように落ち着いて、自分が永遠な者ででもあるように忍耐強く、そうして自分が鼓舞激励されてでもある者のように執拗に。
 今は、神は中立の態度を守っていて下さいますように。そして私は、そうした態度をこそ1つの恩恵として神に感謝します。
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by bashkirtseff | 2010-07-22 07:54 | 1883(24歳)
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