1883.05.16(Wed)

 実に暑くて夕方が来ると息をつく。私は家に帰ると、無限の空を持っているこの階上の静かな住居がうれしい。
 ただ、春は感情をばそそらないで、子どもらしさを感ぜしめる。
 汽車の音とブレモンティエ街の寺院の鐘が聞こえる。……非常に詩的だ。……
 こんな美しい晩には、皆と一緒に、田舎へ行くか、水に船を浮かべたら良かろう。でもどんな人たちと? ……
 私たちはシャンゼリゼとボアのこのパリにいて、いつもそう思うが、これはアメリカにいてもそうだろうが、私の今の若さを野心の餌にして捨ててしまうのはよいことか、悪いことか、その野心は私に……要するに、投下した資本から利益が収められるであろうか?
 汽笛の音は、夜はひどく諧調がある。大勢の人が田舎から帰ってくる、疲れて、夢見ながら、幸福そうに、酔いどれて、ぐったりして。
 絶えず汽笛の音がする。……
 私は有名になれたら……それもおそらくこの1年を出ないことだろうが……私は良く我慢している、それが確実ででもあるかのごとく。……
 汽笛の音が絶えずしている。…… こんなにして汽笛を聞いていると、何だか嵐のときででもあるような気がする。そうして、「ポールとヴィルジニー」の中で、嵐がまさに吹き起ころうとする矢先に、ドマングの言った言葉を考えさせられる。
 こんな精神状態のときに、バルザックを読むのは困難だ。でもほかのものは尚と読みたくない、頭を興奮させないように。
 また鐘の音と汽笛の音。
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by bashkirtseff | 2010-07-21 08:00 | 1883(24歳)
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