1883.05.12(Sat)

 午前はアトリエで婦人たちと話をして過ごした。そうしてちょっとジュリアンをつかまえて子どもたちの絵を見てもらうように頼んだ。
 あなたにはお分かりでしょうが、私は忠告が欲しいのではない。ただ一般の印象が欲しいのである。ジュリアンはものを考える大多数を代表している。
 彼は食事に来た。画布は家から取り寄せられてあった。彼は2つとも見てくれた。最初に子どもたちの絵。男の子が6人いる。1人の背の高い子どもはほとんど後ろ向きになり、手に何かを持って、自分の周りに集まっている他の5人にそれを見せている。町は相当の距離に見えている。そうしてその距離の先に2、3人の女の子が向こうへ行っている。ジュリアンは左の隅にあった街灯を取ってしまえと手厳しく主張した。彼の言ったことは正しい。その他の点では、彼は、この絵は独創的で愉快だと考えている。そうして成功はほとんど確実だと言った。そうしてサロンに出ている2人の子どもよりもはるかに良く、ことに主要な子どものいたずら者らしい点がよいと言った。
 今夜ジュリアンは完全でまじめで細心で親切であった。彼は私をからかったり、冷やかしたりした。彼がそれに彼の注意を引いたとき、彼は私の見せた絵のせいだと言った。──そうして私は新しい出発にふさわしい仕方をしたと言った。
 私たちは神聖な婦人たちの話をした。私はどんな風に私がそれを理解しているかを彼に説明した。私たちはT・R・F(トニー・ロベール・フルリ)の服装模写のことを大笑いした。この婦人たちが青とか栗色とかの美しいカシミアの服装を着けていただろうか? 彼らは幾月もイエスの後について歩いた。彼らは革命婦人であった。ルイズ・ミセル(フランスの無政府主義者/1830-)であった。その時代の無頼の徒であった。彼らは上品とか、流行とかのらち外にあった。
 そうして大戯曲と判決とはりつけが行われていたころ彼らはぼろかそれに近いものを着ていなかっただろうか? ジュリアンはそれは崇高であるかあるいは失敗になるか、どちらかであると言った。そうして私はマグダラのマリアの方を良く見なければいけないと言われた。なぜと言うに、私はその方形の中に多くものを入れたいと思っているから。……その種類では最大の芸術家も失敗を経験しているから。
 とにかく私は出発した! 私の絵はそこにある! それは出来上がっている。私はそれを見、それを感じる。世界のいかなるものと言えども、その中のものを変化させないであろう。旅行と言えども、自然と言えども、忠告と言えども。写生の結果はジュリアンを喜ばせた。けれどもそれはまだ私の欲するものではない。私はいかなる時刻のことであったかを知っている。多くの輪郭が混乱してしまって、静かさが今まで行われていたことの対象として現れて、キリストを埋めた人たちの姿が遠く消え去って、ただ2人の婦人のみが後に残ってぼうぜんとして沈んでいるときであった。──マグダラのマリアは横向きになって、その胸を右のひざに置いて、あごを手で支えて、何物をも見ない目をば墓の入り口の方へ向けて、左のひざを大地につけて、左の腕をたらしている。
 今1人のマリアは少し後ろの方に立っている。彼女の首を両手で抱えて、肩をそびやかしている。ただ手先だけが見える。その姿勢は涙と疲れと気の緩みと絶望の爆発を示さなければならない。彼女の首は両手の中にうずもれ、その体は全く衰弱して力の失われた状態を表している。すべてが終わってしまった。──ジュリアンはこの形を非常に美しいと言った。この婦人は少しも人に煩わされていないで、自分だけがやるせなさに打ち負けてそこに1人でいる。
 座っている女は1番難しいだろう。失神、驚愕、絶望、喪心、反抗、そういったようなものを表さねばならぬ。何より難しいのはその反抗である。大変だ、大変だ!
 それを考えだしたのは私ではないか? ええそうです、私です。だから、私1人の問題である。神のおぼしめしさえあらば、しないではいられない。ああ! 神は私が神を恐れていることを知っている。私がひざまずいて仕事をさせて下さいと祈るのを知っている。私は神の恵みにも助けにも値しないでも1人きりにだけはさせては下さるだろう。
 しかしそれは失敗かも知れない。世間から見れば失敗かも知れない。それが、かえって良いかも知れない。
 子どもたちの絵が私に慰めを与えてくれる。それは非常に良くなるかも知れない。
 私のサロンの絵は私には気乗りがしない。もっとなんとかなるはずであったのに、時日が足りなかった。
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by bashkirtseff | 2010-07-20 08:06 | 1883(24歳)
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