1883.04.22(Sun)

 パステルは2つだけ1等に入った。ブレスロオのと、私のと。ブレスロオの絵はシメエズに入らない。けれども「フィガロ」の主幹の娘を描いた彼女の肖像画はシメエズに入った。私の絵もシメエズには入らなかった。けれどもトニー・ロベール・フルリは、それは良い場所で、下の絵も大きくはないと言った。イルマの首だけはシメエズの隅の方へ入った。だから名誉の場所である。それで彼は私がよい並べ方をされたと言った。
 大勢の人がほとんど毎晩のように晩さんに来るので、私は話を聞いては自分にこう言っている。ここに何にもしないで、一生つまらないことを話したり、悪口を言ったりして暮らしている人たちが集まっている。彼らは私よりも幸福であるだろうか? ……彼らの忙しさは違っているけれども彼らの苦しみは同じことで、私と同様に何物をも楽しんではいない。彼らは私には観察や楽しみの題目となるような多くのものを得られないでいる。すなわちささいなものとか、微細なものとか、粗野な人には知られないものである。けれども私は多くの人よりも、自然の壮観に対してまたはパリの数千の催事に対してより多く考えてみる癖がある。また子どもや、女の目の中の表情とか、通行人とか、張り札とかをより多く注意する癖がある。ルーヴルを見舞ったり、中庭を横切ったり、無数の人の足跡の付いた階段を上ったり戸を開けたり、そこで出会う人のだの歴史だのを考えてみたりその人たちの内生活に入ってみたりその人たちの生活を一瞬間私の生活に比べてみたり、その他あらゆる種類のあらゆる印象を考えてみるのは何という暗示的なものであろう。……どうして私はものを知るのであろう? 私は時々人よりもよく聞こえないことがあるので、すべての人よりも劣っているとしたならば、おそらくは報償があるであろう。
 おお! 否。誰でもそれは知っている。そうして私の名前が出たとき口に上る最初の言葉は、「あの人少しつんぼでしょう?」である。私はどうして自分でこんなことが書けるか想像することも出来ない。……人はこんな不幸なことに慣れることが出来るものだろうか? これが年寄りだとか、非常に不幸な人だとかならまだしもであるが、しかも非常に若い、生き生きした生の力に満ちた人であるとは!!!
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by bashkirtseff | 2010-07-05 07:45 | 1883(24歳)
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