1883.02.22(Thu)

 1番小さい子どもの首は完全に塗られた。
 私はアトリエで1人きりで、ピアノでショパンを弾いたりたて琴でロッシーニを弾いたりする。月が美しく照っている。大窓からさえ渡った青い壮大な空が見える。私は自分で描こうと思っている神聖な女たちのことを考えて、どう描こうかと思いながらうれしくなった。そうして誰かが先に手を付けはしないかと心配になった。これが夜の深い静けさの妨げになった。
 楽しみはあらゆるものから離れて別々になっている。私は今夜イギリス語で「ハムレット」を読み、アンブロワーズ・トマ(フランスの作曲家、その「ハムレット」は15年前に発表されていた/底本:「アンブロアズ・トオマ」)の音楽によって心を静められた。
 永久に人を動かす戯曲、不朽の性格というものがある。……オフェリ……──色が白くてブロンドで、──人の心に触れる──オフェリ! 彼女は不幸な恋の経験を人にうらやませる。否、オフェリ、花と死。……実に美しい!
 今夜のような空想に対しては方式がなければならぬ。すなわち、私の頭を通過するすべての詩は、失われないようにして、1つの作品とならねばならぬ。……この日記がそれであるか? ……否、それはあまりに長い。ああ! 神は私が本当の大きな絵を作るようにして下さるとよいが。今年も、また習作で終わるだろう。バスティアンの影響者となって?
 そうです、私の神様、彼の絵は本当によく自然に似ています。誰でも忠実に自然を写せば彼の絵に似るだろうと思われるほどに。
 首が生きている。それはカロリュスのような良い絵ではない。けれども絵である。要するに、それは人間の肉である。それは人間の皮膚である。それは生きており、息をしている。そこには技巧もなければ、筆触もない。それは自然そのものであり、崇高である。
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by bashkirtseff | 2010-06-20 23:33 | 1883(24歳)
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