1883.01.24(Wed)

 1日の絵のひどい骨折りの後で、私たちはエタンセルを訪ねに行った。オレルアン家の執事なるムッシュ・ボッセがそこにいる。ほかに2人、そのうちの1人は背が高くて、力強くて、ほとんどカサニャクのようであるが、しかし鼻眼鏡のためにぶちこわしになっている。私は25分間革命の恐怖とか、89年以来のフランスの罪悪とか、そういったような話を黙って聞いていた。
 返事をすることはあまりに容易であった。ことに私は毎晩ミシュレの革命史を2章ずつ読まないでは目をつぶらなかったから。年取ったボッセが行ってしまったときに、私は自分が人に嫌われる意見を持っていることをうっかり言ってしまった。
 まあ、共和党でいらっしゃいますの? ……
 どうしてこの純然たるルイ16世の客間で、しかもエタンセルが白漆のひじ掛けいすに堂々と腰を下ろして、鯨骨の付いた bleu de roi〔王者の青〕のビロードの着物を着ている前で、自分を共和党などと言えるものだろうか? この婦人はこっけいなしかしかわいらしい頭をしていて、非常に愛想のよい人である。私はその場を紛らすために、動機や、意志や、信念は称賛すべきであるとか、……もっとも寛大な心は……とか言った。要するに、いかなる党派でも罪悪を行わないものはないとか、……口実としてはすべての者の未来の幸福を考えるとか、……最初は自分の道を感じているが、やがて欺かれているように思うのは自然のことだとか、……実際、憶病に、しかし十分正確な言葉で言うと、革命に対する謙遜な弁護をしたのであった。……しかも感傷的な方面によって。そうするとエタンセルはこれがいかに寛大であるか、英雄的であるか、いずれにもせよ、私の若い心の中に必ずや1つの反響を見いだすに相違ないと言って私の母を慰めた。その間中鼻眼鏡を掛けた紳士はそばにいて、絶えずカサニャクのような風でものを言ったり、文句を差し挟んだりしていた。そうして私たちが帰るときに、彼は私たちの夜会に出席の出来ないのは(彼はサンタマンドを通して招待を受けていた)非常に残念だと言った。母とのあいさつの交換、それから彼の尊敬している私に対するこびるような眺め方、近づきを求めるおもねり。私はお辞儀をしてそれに答えた。
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by bashkirtseff | 2010-06-20 23:31 | 1883(24歳)
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