1883.01.04(Thu)

 棺は上院に持ち出された。上院議長がそれを受け取った。──ここまで持ってきて下すってありがとうございます。──彼はスピュレに向かってそう言って泣きだした。……私も泣いた。謹厳な、勇敢な、単純な、ブリソンも泣いた! 彼は友人ではなかった。──ここまで持ってきていただいて、ありがとうございます! ──これはいかなる行動も与えることの出来ない真実の感情の響きである。
 私たちは2時間群衆と共に立ちながら待っていたけれども入ることが出来なかった。群衆は非常に敬意を表していた。もしフランスの性格なるものを考慮に入れるならば。すなわち、押し合うこと、話し合うこと、すべてのものに対して常にしゃれようとすること、かくのごとき雑踏の中において避け難き冗談などを繰り返して。
 そうして誰かが声高く笑うとそれを制止する人があった。彼らは叫んだ。不作法ではないか、彼を尊敬したまえ! ……けれども彼らは至る所で彼の写真や、徽章や、絵入り新聞「ガンベッタの生涯と死」などを売っていた。
 この事件の残忍なる認知に対して胸が縮まる。この公評は非常に自然的であって、私は1つの非礼のごとく思われる。……
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by bashkirtseff | 2010-06-15 08:06 | 1883(24歳)
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