1882.12.31(Sun)

 暗くて絵が描けないから教会へ行った。それからリュウ・ド・セエズの展覧会へ行って、バスティアンとサン・マルソオとカザンの絵を見た。カザンの絵を見るのはこれが初めてである。私は感心してしまった。それは詩である。けれどもバスティアンの「村の宵」はこの詩人に一歩も譲らない。そうしてバスティアンはいつも仕上げがうまいと言われるのを注意して下さい。

 私は有益な1時間をそこで費やした。何という楽しさだろう! これまでサン・マルソオのような彫刻は1つもなかった。陳腐な言葉としてよく使われる「生きてるようだ!」という言い方はこの場合絶対に真実である。芸術家をして成功せしめるに十分なるこの素質に加うるに、さらに思想の深さがあり、感情の強さがあり、またサン・マルソオを単なる才能の士ではなく天才の芸術とならしめるところの神秘的なあるものがある。
 彼はまだ若い。それが私の誇張して言うわけである。
 時としては、私は彼をバスティアンの上に置くことがある。
 私の心は今決定した。私は1人によって絵を、今1人によって彫刻を持たねばならぬ。
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by bashkirtseff | 2010-06-13 22:37 | 1882(23歳)
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