1882.12.23(Sat)

 今夜私たちはかの偉大なる、真実なる、唯一の、比較なきバスティアン・ルパージュと彼の弟を晩さんに招待した。
 ほかには誰をも呼ばなかった。それが少しきまりが悪かった。彼らは初めて食事をしたのに、おそらくはあまりに親しげに彼らを取り扱うように思われたかも知れない。それに、私は彼らをもてなすことが出来ないかと恐れていた。──お分かりでしょう?
 弟の方について言えば、彼はボジダアルとほとんど同じくらいの親しさでもてなされた。けれども私たちの心はかの真実なる、偉大なる、唯一のうんぬんに向かっていた。その善良な小さい人は、例えば黄金で出来ているよりも重く値する才能を持っているが、彼はこのようにもてなされて非常に喜んでいるように見えた。何人もまだ彼を「天才」と呼んだ人はない。私と言えどもそうは呼ばない。私はただ才人として遇するのみである。そうして策略を持ってうれしがらせを飲み込ませるのみである。ボジダアルは日が暮れてちょっと来た。そうして非常に上機嫌で何でも私の言うことに同意した。私たちは彼を家族の1人のごとく取り扱った。彼はバスティアン兄弟のごとき有名な人に会うのを喜んでいた。
 けれどもバスティアンに私は称賛を極度に推し進めるように思われたくないために、彼をサン・マルソオと並べて、──「あなた方お二人は!」と言った。彼は夜遅くまでいた。私の描いたつぼの絵を彼は非常に良いと言って次の言葉を付け加えた。「こんな風に描いて行かねばいけません。辛抱して、集中して、出来る限り力を集めて、自然を周到に写すように努めねばなりません。」
[PR]
by bashkirtseff | 2010-06-13 22:17 | 1882(23歳)
<< 1882.12.26(Tue) 1882.12.20(Sun) >>