1882.12.17(Sun)

 真実の、唯一の、独自の、大バスティアン・ルパージュが今日訪ねてきた。私は彼に見せるほどのものが何にもなかったので、途方に暮れて、恥ずかしく、悲しく、不作法にあしらった。
 彼は2時間以上いて隅を探して私の絵を見た。私は神経的になって、時々気まぐれに笑いに紛らして見せまいと努めたけれども。この大芸術家は非常に愛想の良い人で、私の気を静めようと努めた。私たちは、私の今の失望の原因なるジュリアンについて話した。バスティアンは私を社交界の若い婦人としては取り扱わない。彼の言うことはトニー・ロベール・フルリや、ジュリアンの言うことと全く同じである。ただジュリアンほど嫌に諧謔を弄しないだけである。ジュリアンは、もうすっかり駄目で、私には何物も完成する見込みはなく、全く望みがないという。それが私をいら立たせる。
 バスティアンは敬愛すべき人である。という意味は、私は彼の才能を敬愛する。私が彼の面前で途方に暮れたのは彼に払いうるもっとも丁重な礼であった。彼はミス・リチャアヅのアルバムにクロッキーを1つ描いた。そのアルバムには私も何か描くことを頼まれていた。絵の具が染み通って次の紙を汚したので彼はその間に1枚の紙片を入れてくれるようにと言った。
 ──そのままにしておきましょう。そうすると2枚描いてあげたことになりますから。──私はどうしてミス・リチャアヅに親切にしてあげねばならぬかを知らない。けれども時々私は期待していない人や、親しくしていない人に親切にしてあげて1人で喜ぶことがある。
 ある日私がグラン・ジャットで絵を描いていると、父親と4、5人の子どものぼろをまとった1家族が汚い着物をひとからげ担いで水の縁へ来た。それは引っ越しのように思われた。私は彼らに2フランをやった。その喜びと驚きを見るのは実に見ものであった。私は木の後ろに隠れた。──天はいまだ私をばそれほど良く取り扱ってはくれない。天はかの恵み深い空想を1つも現してくれない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-06-11 08:00 | 1882(23歳)
<< 1882.12.20(Sun) 1882.12.14(Thu) >>