1882.12.07(Thu)

 ジュリアンとちょっと話をした。けれどももう以前のように長い話はしない! ……もう話すことは何にもない。何もかも言われてしまった。私たちはただ私が何物かを作り出すのを待っているのみである。しかし私は彼の不公平を非難する。そうして私を励まそうとする方法を非難する。
 私のパステルはある団体へ送られて、それからサロンへ行くはずである。──この上もなく良く行った、とジュリアンは言った。私は彼の首の周りに両手を投げかけたくなった。
 ──さて絵を描くならば美術家をして足を留めさせるようなものを描かねばならぬ。
 けれども今私にはそれは出来ない。ああ! 主よ、私はどんなに骨が折れても良いから勉強して、いつか成功することが出来たら! そう思うと私には勇気がでる。けれども今のところではそれは出来そうもなく思われる。
 私の仕事の良くないことは自分でも認めている。イルマを描いた後、私は父シャルルと雨の中を歩き回った。それからロシアへ行った。愚かな3カ月。そうして3カ月は12の習作と、12の等身大の胴と、12の半身大の構図を作り出した。私はそれまで続けざまにそんなものを4つと作ったことがなかった。ジュリアンの言うことは正しい。私は接吻したいほどに思った!
 けれども私は1年間病気であった!
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by bashkirtseff | 2010-06-09 08:03 | 1882(23歳)
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