1882.11.21(Tue)

 昨日から私はアトリエで絵を描いている。私はモデルの美しさとか、見場の良さとか、そういったようなものをば念頭におかないで、1番に単純な仕事に後戻りした。「この制度で6カ月もやれば、」ジュリアンは言った、「あなたは何でも好きなものが描けるようになります。」彼はこの3年間私が少しも進歩をしなかったことを知っている。そうして私もそれを信じるようになるだろう。実際私は絵を始めてから少しも進歩しない。これは私が以前と同様に骨折って勉強しなかったためであろうか? 否、私は以前にも倍して勉強した。私は自分に難しすぎる仕事を企てていたのである。
 しかしジュリアンは私が勉強しなかったから進歩しないのだと思っている。
 私はすべてのものが嫌になった。私自身さえも! ……私はいつまで立っても治らないであろう。あなたには、それが、どんなに恐ろしい、どんなに不正な、どんなに物狂おしいことだということがお分かりになりましょうか?
 そう考えて私は落ち着いて我慢している。それは以前から覚悟してたからである。しかし──それは理由ではない。本当はそれは永久的のことではなかろうと信じているからである。
 あなたはそれを実感することが出来ますか──私の全生涯、死までも?
 明らかにそれは私の性格と心意に影響することである。それがすでに私の髪の毛に幾本かの白髪を交えたことをば言わないとしても。
 私は繰り返して言うが、それはまだ信じられない。何事もなされ得ないということは不可能である。しかもそれが永久であって、全世界と私の間を膜で隔てられたまま死ぬというようなことは! いつまでも、いつまでも、いつまでも、私の耳が聞こえないというようなことは! ……
 人はこれほど決定的なこれほど取り返しの付かない宣告を信じることは出来ないものだということは、真実ではなかろうか? 希望の陰影さえもなくなったことを!
 こんなことを考えたので私は仕事をしながら非常に神経的になった。モデルでもその他の人でも何か言っているのが私には聞こえないのではなかろうかと絶えず気になりだした。また彼らが私の病気をからかっているのではなかろうか、私に聞こえるように大きな声を出しているのではなかろうかと。
 それからモデルを家に呼んだときは? ……家の人たちが彼女にそのことをはっきりと話す。……そのこととは何か? 私が聞こえないことである。私はそれを試してみよう。不具の告白。しかも甚だしく屈辱的な、愚かな、痛ましい不具。──要するに不具である!
 私にはその勇気がない。私はそれが気付かれないで済みはしないかという望みをまだかけている。
 私はここでそのことを公にしようと試みた。けれども私にはそれは信ずることが出来ない。……私は何だかほかの人のことを話しているような気持ちである。……この恐ろしい夢がどうして実感されよう、青春の赤々したこの身に? ──人生のこの若さに? それが可能なことであって、悪夢ではないというようなことがどうして信じられよう?
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by bashkirtseff | 2010-06-06 21:56 | 1882(23歳)
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