1882.11.07(Tue)

 ここでは人は舞踏に行ったり、友達と酒を飲んだり、トランプをしたり、バレエの踊り手と会食したりする。そうしてもし婦人と話すことがあれば恋しているときだけである。
 例えばフランスにおいてのごとく、一般の人を相手にして、何事をも話題にして話すということはこの辺では行われていない。どんな出来事も知れ渡らない。もっとも野卑なもっとも退屈な雑談のほかに対話というものはない。大きな気損じはオテルで、財産所持者(貴族)たちが時々近隣から出てきて幾週間も泊まっていることである。彼らはお互い同士部屋から部屋を訪問して、飲んだりトランプしたりする。芝居は入りがなく、すべて知的娯楽に多少とも似通ったほどの物は皆嫌われている。
 彼らはこの高尚な国の貴族の前ではごみの中でもはい回る。……ああ! 私があんなにしなければならぬとしたら、私はどこかよそへ行ってしまいたい! ……しかし、公爵たちの話に戻ると、これはポルトヴァの人たちの驚いたことであるが、私は世界の他のすべての人を取り扱うと同じように九尺たちをも私と同等の者のごとく取り扱った。……これは文明世界においては当たり前のことである。公爵の家族は私を少しも満足させない。けれども子ども──その子どもは御者を打った──だけは活発で愛想が良くてばかでない。その子どもは果物やシャンパンを積み立ててあるテーブルの下にもぐり込んで面白半分にそれをひっくり返したりしたから私はそういうのではない。……彼が御者を打ったことは実際である。……それはある点までこの国においては、かつその年ごろにおいては、理解されることなのである。あなたは皆が驚いたり恐れたりしたと思いますか? それどころではない。そんなことは誰だって何とも思ってはいない。公爵R…にだってそれは面白いことである。私はここを去りたくなった。
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by bashkirtseff | 2010-06-04 08:00 | 1882(23歳)
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