1882.10.27(Fri)

 昨日の美しい日光の後で今日は灰色である。私は仕事をしないで気がすぐれないので、母とポオルと一緒にポルトヴァへ行こうと言い出した。途中で私たちは公爵夫人とヂナが帰ってくるのに出会った。ヂナはそこから私たちと一緒に引き返した。……オテルで私たちはミシカとリホペイに会って劇場へ行った。それは、ロシアの芝居に対する私の考えを一層確実にするものであった。……芝居と小説はいつもある程度までの実際生活の反映である。けれども私は私の国に祝辞を述べているのではない。その野卑は同時に素朴でもあればまた腐敗でもある。……
 彼らは愛人同士または夫婦の間でするように唇に接吻する。……それから首にもほほにも接吻する。そうして公衆は黙っている。それは当然のことのように見える。……社交界の若い婦人たちや土地のきれいな娘たちが若い男の耳を打ちたたく。若い男たちは彼らに申し込みをすると、彼らは男たちが持参金のために愛するのではないかと疑う。
 要するに……これがもし浮いた女の社会とかオッフェンバッハの空想や古昔の領域に行われて、型のごとき派手やかさと愚かさを伴っているのだとするならば、それでも良い。けれども彼らは財産の所有者であって私たちのようなブルジョアであって、しかも全くまじめなのである。……
 それはどうして良いか分からない。
 今夜私たちは1人の小さい粗野な娘を見た。それは機知に富んだ、腐敗した、成熟した、結婚した男(芝居の中の)を愛する1人の ingénue〔うぶな娘〕である。2人きりになると、そのたびに、彼らは口に接吻した。──娘の方は少しも後悔するようなところはなく、男の方はそのことを面白く思って。やがて日が暮れると男は逃げかかる。娘は彼に言う。「なぜあなたは私のところから逃げようとはなさいます? あなたは何を考えていらっしゃるの? 私だって人間ですもの。血もたぎろうじゃありませんか。うんぬん。」要するに……娘は自分を愛しているある若い男と一夜を過ごして、老人とその妻(その妻は若くてきれいであった)のところへ戻って、このことの起こりは老人だと言う。なぜかと言うに、老人が彼女の心を扇動して……結局誰か他の人で我慢するように仕向けたからである。若い男は彼女と結婚して、彼女を「契りを結んだ私の花嫁」と呼んで、その口に恐ろしい接吻をした。それはきっと明日までもその周りに青い印が残りそうな接吻であった。実に野卑である。けれども不道徳ではない。あなたに恋を嫌わせて、何物をも絶対に生ぜしめはしない。
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by bashkirtseff | 2010-05-31 21:13 | 1882(23歳)
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