1882.10.19(Thu)

 私たちはついにここで彼らと一緒になった。彼らはミシカと共に朝食の時分に到着した。兄のヴィクトルはすらりとして薄黒い。そうして大きなわし鼻をしている。彼はやや丈夫で、厚い唇をして、容ぼうに特長がある。そうして快い動作をする。弟のバシリは背は同じくらいだけれども、兄よりはもっと丈夫である。彼は血色の良い顔に狡猾(こうかつ)な目をして、非常にきれいなブロンドの髪をしている。騒々しくて、がさつで、獣的で、そうして……不作法である。私は昨日と同じ上着の、白い毛織りで、短くて、極端に簡単なものを着て、古風な赤い羊皮の靴を履いている。私の髪は、頭の後ろの方で結んで巻いてある。それは私の輝かしい日の1つでもなかったが、しかしまた私の最悪の日とも見えなかった。
 非常に良い天気であったので、眺望の良い山まで散歩に行く組が出来た。それはトレドの近傍の田舎のようである。これらの青年たちは世間の人たちのごとく、そうしてロシアの士官たちのごとく話をする。彼らは全く若い。兄も23にはなるまいと思う。私は一日中微笑したり、話をしたりするので非常に疲れてしまった。なぜと言うに、彼らは自分たちの領地の巡視をさせた執事と大事な約束があるとか、その他いろいろ説明するにもかかわらず、父が無理に言って彼らを晩さんに引き留めたからである。無理に人を引き留めるこの国の習慣は、非常に愚である。それはむしろ私を悩ました。
 一事件。彼らの御者が酔っ払った。こんなことはここではしばしば起こるらしい。それで、世間ではもっとも自然なことであったけれども、公爵バシリは出て行って、拳でそのかわいそうな男を打った。そうして拍車で彼を蹴った。それは見る人の背中に冷たい震えを与えるではありませんか? この青年は恐ろしい。これに比べれると兄は同情的に見える。
 私はこの兄弟のどちらかに打ち勝ちうるであろうとは信じない。私は彼らを喜ばせ得る何物をも持たない。私は中背で、調和の取れた体をしていて、尋常のブロンドである。私の目は灰色で、大きな胸部も持たなければ、地蜂の腰も持たない。そうして私の品性に関しては、自慢することなしに、私は彼らよりも卓越していて、彼らに評価されるいわれはない。
 また世間の女としては、私は彼らの立ち混じっている女たちより少しも勝った魅力はない。
  サラ・ベルナールは聖ペテルスブールの停車場に着くと、失望非難のささやきを浴びせられた。それは人々が背の高い、暗色の、大きな黒い目で、無造作に束ねた黒い髪毛をした人を見いだすだろうと予期していたからである。このばかばかしいことを除けば、彼女の才能について、彼女自らについて形作られた意見ははなはだ健全なものであった。私はロシアの新聞がマドモアゼル・ドラポルトをサラの上に置いたのに同意見である。それならデスクレエはどうだろう? 私には、サラは歌を朗読するときの声の称賛すべき音楽を除いてはあまり問題でない。でも、なぜサラのことを書いたのかしら?
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by bashkirtseff | 2010-05-29 21:49 | 1882(23歳)
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