1882.10.14(Sat)

 叔母は国境まで見送ってくれ、私は今ポオルと旅行している。諸所の停車場で私は写生をしたり Tras los Monte を読んだりしている。そんな風にして私はまたエスパアニュ(ゴーティエの紀行)を見る。ゴーティエの紀行は彩色写真のようだ。私のテオフィル・ゴーティエ愛好を全く妨げるものは何だろう? この紀行であなたを留めるものは何だろう? 彼は何かおかしな話を話しても、あなたを笑わせない。そうして彼は、それを世界一こっけいなことだとか、世界一喜劇的なことだとか、荒唐無稽(むけい)なことだとか言う。これは、ちょうど人が何か話をする前に、自分はそれを聞いて気違いのように笑った、など言うのと同一の効果を持っている。……けれどもそれ以上のあるものもある。それはおそらく文学と言えるほどまじめなものではなく、あるいは自然に流れていないのかも知れない。……しかしそれはことに彼が称賛されるべき美術について語るときにそうであると人は言う。彼はこの旅行においては美術について多くを語っていない。現にヴェラスケスを省いている。あれほど絵画を愛好した人としてそれは理解の出来ないことである。
 彼はゴヤについて語っている。ゴヤの絵はわずかしか私は知らないけれども、彼は疑いもなく大芸術家で、その素描も腐食銅版(エッチング)も称賛されるべきものであろう。だから彼はゴヤについて語っている。がしかし……ヴェラスケスは? 彼はムリーリョについても、その絵の魅力を語っている。しかし、ヴェラスケスは誰にも立ち勝って称賛すべきものを描いた。彼以上に自然な絵を描いたものはなかった。それは真実の肉体である。絵の具を塗るという見地から見ると、彼の絵は美術の頂上である。
 私たちはここで5時間汽車を待たされている。……ここはズナメンカ(南ロシアのある乗り換え場)というところである。ここで私はゴーティエやヴェラスケスなどのことを語っているのである。寒い日で、空は灰色である。……もしこれほど寒くなかったなら、外へ出ているのにどんなに良い天気だか分からないのに! 私はすべての田舎においてのごとく不良な天候にさらされて色のなくなった着物を着ている百姓たちを見た。そうしてバスティアン・ルパージュの絵がいかに自然に忠実であるかが分かった。「調子は灰色で、空気は単純で、人1人いない。」アトリエの中の誇張した効果における自然のみを知って、戸外の自然に慣れない人たちはそう言う。しかし自然はその通りである。彼の描写はより真実でもあり得なければ、より忠実でもあり得ない。全く幸福な人ではある、バスティアンこそは! それに私はどうであるかと言うに、私は漁夫の絵の不成功のために絶望してパリを去ったのである。
 しかし私はサロンに出品するために3月には完成するように試みるであろう。
 それを描き直すことを私に忠告したのはロベール・フルリである! 背景と着物は現在のままにしておいて良い。ただ首だけ描き直せばよい。
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by bashkirtseff | 2010-05-29 20:03 | 1882(23歳)
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