1882.06.22(Thu)

 このオテルは非常に私の気に入ったので、私は前後を忘れてしまって、部屋が皆ふさがっていて借りられないと聞いたときには気違いになりそうであった。リュ・アンペール(底本:「リュウ・アンペエル」)、30番で、完全な幸福が得られそうに思われた。
 私はアトリエとバルコンを入れて3階全部をもらっている。婦人室は2階で、下は客間である。外気の絵を描くためには庭があるから、外へ出るに及ばない。全く思いも寄らないほどによい家である。部屋の持ち主に5千フランくらいの割増金を与えても良いつもりであったが、幸いと、割増金なしに出来た。私たちはオテルが借りられて、私はやっと落ち着いた。道のりが遠くなり、アトリエがあまり大きくなく、その上、シャン・ゼリゼを離れるのがいやなので、それを私は気にしていた。シャン・ゼリゼに住まっていることについて、私は1つの夢を持っていた。ラヴニュ・ド・ヴィイ、絵の空気、芸術家と知り合いになれる望み。その夢は今実現された。それで、今度は、もし私が賞牌を得たらばそれは友達のおかげになりそうなことが気掛かりになってきた。その上、私はこれまで自分の絵を見てもらう人がないので腹立たしかった。正直に言うと、私の絵は画家に無視されていた。今では人はあるが、見てもらう者がない。今日、夕方5時に私たちはバスティアン・ルパージュのエスキスを見に行った。彼は今ロンドンにいるが、彼の弟のエミルがアトリエの主人役を務めた。私は、ブリスバアンとL…を誘って行った。それで私たちは笑ったり、話したり、写生をしたりして面白い1時間を過ごした。すべてが適当で、愉快であった。もしブレスロオのことばかり聞いていたならば、私は自分の運命を悲しんでねたましく思ったであろう。今私は自分の望んでいたものを皆持っている! それが私に才能を与えてくれるであろうか?
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by bashkirtseff | 2010-04-28 08:00 | 1882(23歳)
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