1882.05.29(Mon)

 昨日私たちはアドリイヌとボアに行った。アドリイヌは私たちがパリの一番貴族的な社交の中に入ったことを褒めた。今日、私たちは女皇と、公爵夫人フィツ・ゼエムス母子と、伯爵夫人チュランヌとマダム・ド・ブリエと、最後にアメリカ婦人とを訪問した。
 私はジュリアンを訪問した。ヂナの大きなパステルは大変良いと言われた。
 けれども私の今の第1の問題は、来年のサロンに出す大きな絵のことである。しかしジュリアンはこんなことを考えるのには、あまりにパリ人であるので、私のこの考えに賛成しない。私はそのことばかりに熱中しているが、才能のある人たちだけが画題のことに熱中するものであるから、自分ではそれを言い出せないでいる。それが私には気取っているようにもあれば、こっけいなようにも思われる。私は謝肉祭の1つの挿話を思い付いたが、それはやめてしまった。それは単なる色の陳列になるのであろうから、私は自分の描きたいものを強く感じている。それは心の底までも入り込んでいる。もう数カ月になる。いや、実際2カ年にもなる。……この冬はそれを十分に描けるほどに果たして丈夫であるだろうかと、私は心配している。……もし丈夫だったらかえって困る。なぜならば、私は平凡な絵を描き上げるであろうから。けれどもその絵には真実と、情緒と、感情のあらゆる品質が含まれているだろう。あなたの心の全体を満たすものが、ことに立派に描かれるときに、悪いものになるはずは決してない。……簡単に言えば、それはアリマタヤのヨセフ(底本:「ヨゼフ」)がイエスの遺骸(いがい)を埋めたときの光景で、石が墓の前に転がされてあって、皆が去って、日が暮れて、マグダラのマリアと今1人のマリアだけが残って墓の前に座っているところである。
 それは荘厳な戯曲の最も美しい瞬間の1つで、またあまりに書き古されないものの1つである。
 それには偉大と、単純と、驚異すべき、感動すべき、人道的な点がある。──表しがたき、恐るべき静寂がある。2人の哀れむべき婦人の悲しみの浪費がある。……材料の方面はこれから研究しなければならぬ。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-04-24 07:57 | 1882(23歳)
<< 1882.06.03(Sat) 1882.05.28(Sun) >>