1882.05.25(Thu)

 今朝私たちはカロリュス・デュランに会いに行った。何という面白い、快活な人だろう! 彼は何でもいくらかずつ出来ないものはないと言って人に笑われるが、……それがどうしたというのだろう? 射的も出来れば、乗馬も出来れば、舞踏も、ピアノも、オルガンも、ギターも、歌も出来る。舞踏は下手だと言われるが、それでもほかの人に比べれば、驚くべきほど美しく踊れる。彼は自分でエスパアニュ人で、ヴェラスケスだと思っている。非常に人を引き付けるような容ぼうをして、話が面白くて、その態度にどことなく善良な、率直な、満足したようなところが見えて、自分のことを褒めるのにも、ごく手軽で、かつ無邪気であるから、誰が聞いても決して反対しない。時々彼を見て笑うことはあっても、いつも引き付けられているのである。ことに我慢しなければ会っていられないような人とか、彼の長所の4分の1も持っていないような人とかのことを考えてみると、どうしても感心しないではいられない。
 彼は自分のことに関しては大まじめである。けれども私たちが彼の地位にあると考えてみると、誰がその首を少しでも振り向けさせることが出来るだろう?
 今朝、彼のアトリエは空ではなかった。屋根から来る光が非常に近代的なそのアトリエに古い世界のような趣を添えていた。訪問者たちは礼儀的に称賛した風をしていた。カロリュスは「ドン・ジュアン」や、「リゴレットオ」の中のフォオルのような風をして主人役を務めた。彼は口ひげを巻き上げて、足を真っすぐにして、群れから群れへ歩き回った。そうして絶えず自分の写字台へ急いで行っては何か走り書きに書いたり、時々その手で額をこすったりしていた。彼は誇張していたが、私はいつも誰でも興味のある個性を出すような態度を気取り込むときには、それに見せられる。それは人に、過ぎ去ったロマンチックな時代を思い起こさせるからである。音楽と絵筆と剣のこの混合は非常に愉快であった。もし笑う人があれば、笑う方が悪いのである。カロリュス・デュランには間違ったところはない。──彼の才能が彼の態度と彼の気取りに当然な理由を与える限りは。
 また彼はすべての婦人に対して非常に愛想がよいと言われており、良くちょっとした面白いことを言ったりする。
 ──この間サロンでは何をご覧になりまして? 私が彼に聞いた。
 ──あなたもいらしたじゃありませんか? ほかに見るものがありましたか?
 また、私が絵のことで泣き言を言っていると、……
 ──ああ! 絵は嫌なものですね。あなたは男がほこりの中に平身低頭するように絵にひざまずかせたいのでしょう。ところがどうです! 絵の方があなたをはねつけている。だからあなたは一生懸命になっているのです。
 気取り屋とでも、喜劇役者とでも、あなたの好きな通りにお言いなさい! 私は正直に打ち明けて言うと、鈍い人は嫌いである。そうしてその行為や態度のいかんにかかわらず、そんな愛想良い性質の喜劇的の一面のみを見るような人に対しては、ことに不愉快である。これと反対に、あなたは非常な天才があって、地道で引っ込み思案な人を持ち出すでしょう。しかし、私たちにとって、それはかえって悪い!
 天がそのあらゆる恵みを与えてあなたを喜ばしても、もしあなたが隅にばかり引っ込んでいて、あなたの真価を少しでも示そうとしないならば、あなたは不完全な人間であります!
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by bashkirtseff | 2010-04-22 07:51 | 1882(23歳)
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