1882.04.20(Thu)──パリ

 何だかエスパアニュの旅行から帰ってきたときとは全く違った気持ちである。久しぶりにパリを見ても、私は引き付けられるような心にならなかった。ただ喜んだだけであった。その上、私は絵のことばかり考えているので、自分の気持ちがどんなであるかということにあまり注意を払わない。私は人に言われたことを考えると身震いがする。ブレスロオが世間から成功した芸術家として取り扱われているのを思うと、打ちくじかれたようになる。私は昨日ジュリアンに会いに行った。(私たちは昨朝パリに帰り着いたのである。)すると彼は私がまじめに絵を続けている人間ではないような取り扱いをした。──立派は立派です。でも深みがない。意力がない。──彼はそう言った。彼はそれ以上のことを望んでもいなければ期待してもいなかった。話をしていることに、すべてが私をひどく傷つけた。私はニースで描いた絵を彼に見てもらおうと思っている。けれどももはや良いことは何にも望んでいない。
 私は6つになるテレエズという子どもが田舎道を買い物に行くところを等身大で描いた。それから1人の老人が窓際に立って、赤いセキチクの鉢をそばに置いているところを等身大に描き、1人の子どもが背のうを背負っているところを等身大に上半身だけ描いた。──その他0メートル30の画布に1つの風景と──0メートル10の画布にいま1つの風景と──3人の水夫と、──5、6枚の小さい習作と、数枚の木炭のデッサンと、及び2枚のパステルの未成品と、それからペン画のデッサンと。それらがよいかまずいか私には分からないで、不安が私の上に火を送るような気持ちがする。
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by bashkirtseff | 2010-04-15 07:55 | 1882(23歳)
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