ニース

 私たちは昨夜8時にパリを立った。──ポオルと、ヂナと、私と、ニニと、ロザリと、パシルと、及びココと。ヴィラ・ゼリは私の望んでいた通りであった。辺りが打ち開けていて、プロムナード・デ・ザングレから歩いてわずか10分である。──テラスもあれば、花園もあって、住み心地の良い広々とした家である。
 すべてのものが用意されて私たちを待っていた。管理人のムッシュ・ペクウスが花束を持って迎えた。
 私は今日、日が暮れて鉄道馬車に乗ってみた。フランスとイタリアの派手やかさの混合があった。それでいてパリの群衆の中で見るような野卑は混じっていなかった。ジュリアンに書いて送ったようにこの地は便利なことはパリと同じようで、美しいことはグラナダのようである。プロムナード・デ・ザングレからわずかに5メートルばかりの距離に、何という服装と何というモデルが見いだされることだろう。なぜエスパアニュまで行くのだろう! おお、ニース! おお、南国! おお、地中海! おお、私の愛する国! 私を痛ましめた国! おお、私の最初の喜びと、さらに大なる私の悲しみ! おお私の少女時代! 私の大望の夢!
 私は思うことをやってみようとする。すべてはいつもそこから始まるのである。私の16の年を暗くした悩みと共に、いつまでも最初の若さの思い出があるだろう。それは例えば人生の1番美しい花のような若さである。
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by bashkirtseff | 2010-04-08 22:06 | 1882(23歳)
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