1882.01.30(Mon)

 私たちはきっとニースのヴィラ・ゼリへ行くことになるだろう。土曜日は楽しい日であった。その前夜女皇(イギリスのヴィクトリア)の名でイギリス救護隊のためにオテル・コンチネンタルで催された舞踏会の席上で、私はバスティアンに会った。そのバスティアンが訪ねてきて1時間以上もいた。私は彼に私の作品のあるものを見せた。彼は愛想の良いまじめさで私に助言をしてくれた。それから私は非常に才能があると言った。それはお世辞のような言い方でなかったので、私は強い喜びを感じて、その善良な小さい人の手を取って抱擁したくなったほどであった。
 とにかく私は彼の言葉を聞いて非常に満足している。彼はトニーやジュリアンと同じ助言を私に与え、また同じことを言った。その上彼はムッシュ・カバネル(フランスの画家/1823-1889/底本:「カバヌル」)の弟子ではないか! 人には皆特長がある。けれども美術の手法に関しては、いわゆる大家から常に学ぶことが必要である。バスティアンもその他の人も自分の天才を人に教えることは出来ない。人は誰でもただ学び得るべきことを学び得るのみである。それ以上は自分自らの問題である。
 マダム・ド・ペロニ(エタンセル)が今日来て、私はこの卓越した婦人と、この大芸術家の間に座って初めは私の暖炉の前で、それから後では菩提樹の下で、虚栄心と愉快で得意になって、楽しい15分を過ごした。私はその他の来客のことはどうでも良いから、母様と一緒に客間に残しておいた。
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by bashkirtseff | 2010-04-08 22:03 | 1882(23歳)
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