1882.01.21(Sat)

 マダム・C…が私たちをバスティアン・ルパージュのところへ連れて行くと言って来た。底に私たちは2、3人のアメリカ婦人と小さいバスティアン・ルパージュその人を見いだした。彼は非常に小さく、非常にきれいで、頭を à la Bretonne〔イギリス風に(前の方を方形に刈り込む)〕にして、反り返った鼻をして、青年らしいひげを生やしていた。すべての考えがまるで反対であった。私は彼の絵が好きである。けれども彼を先生として尊敬することは不可能である。私は彼を仲間として取り扱いたいような気持ちがした。そこには感嘆と、驚愕と、せん望で私の頭を満たしたところの彼の絵が幾つも掛かっていた。その中の4、5枚は等身大で、外気で描いたものである。皆立派なもので、その中の1枚は8つか10ばかりの女の子が野で雌牛の番をしているところである。牛の上には1本の裸になった木が立っている。その詩味は非常に印象的で、少女の目は私にはどうして描くのだか見当の付かないような、無邪気な、ひなびた表情に満ちている。──彼は自ら満足しているような、善良な顔つきをしている……このバスティアン、ルパージュは!
 私は母様が大勢の来客を迎えるので、それに手伝うために帰った。それはご存じの通り、いわゆるパリの夜会を催すのです!
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by bashkirtseff | 2010-04-06 07:51 | 1882(23歳)
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