1882.01.15(Sun)

 私たちの夜会に関するエタンセルの長い批評文があった。しかし、それは期待された通り、誰をも満足させなかった。私をば「壊れた甕」の絵に比較してあったが、家の人たちはこれがポルタヴァで侮辱として取られはしないかと心配している。けれどもそれはつまらない心配である。批評は大層良く出来ている。ただ、彼女が2日前に言ったように、私はロシア帝国一番の美人だというので、今度は服装のことだけしか書いてないのは物足りない。
 私は心から私の芸術に包まれている。エスパアニュのどこいらかで、肋膜炎と一緒に神聖な火に打たれたような気がする。私は今学生から芸術家になりかけている。これは突然の力の流入で、私は気違いになりそうなほど喜んでいる。……今夜はいろいろの構図を描いてみた。私はオフェーリア(「ハムレット」の主人公/底本:「オフェリ」)を描きたいと思っている。ポオテエンは私に気違いの女たちの顔を見せるために、サン・タンヌに連れて行ってくれると約束した。それから私はアラビア人の年寄りを一人描きたいと思っている。その年寄りが腰掛けてギターのような物に合わせて歌をうたっているところが私の頭を離れない。それからこの次のサロンには、大きな画布に謝肉祭の光景を描きたいと思っている。……しかしそれを描くにはニースへ行かねばならぬ。そうだ、謝肉祭はナープルだ。しかし私の大事業を外気で続けるためには、ニースに私の別荘があるから、……そうは言いながらも、私はここにとどまるつもりである。
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by bashkirtseff | 2010-04-05 07:55 | 1882(23歳)
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