1881.12.02(Fri)

 もう12月2日である。私は仕事に掛からねばならぬ。絵の材料を探さねばならぬ。背景に使う大きな瓶が必要である。……しかしそんな細部のものが何になるだろう? それは私を泣かせるだけである。それでも私はずっと健康になったような気がする。食べもすれば、眠りもすれば、その他、ほとんど常と変わらない。
 しかし左の肺の充血がある。右は慢性であったが、それは次第に良くなったように思う。しかしそれはどうでも良い。私を悩ますものは、この急性の病気である。それは治るかも知れぬが、しかしまだ数週間は外へ出られないだろう。それは人を溺死(できし)せしめるに足りるほどのものである。
 ああ! 神は残酷である! 私には倦怠(けんたい)があった。家庭の煩わしさがあった。しかしそれは私の本質に関係のないことであった。それから私には大きな希望があった。……それから私は声が出なくなった。──それが最初の打撃であった。ついにはそれに慣れてしまい、私はあきらめた。投げ出した。そうして一人で慰めている。
 ああ! あなたはもうあきらめがついたのだから、そうでしょう! 仕事をする力は取ってしまってもいいでしょう!
 絵も出来なければ、習作も出来なければ、何にも出来ないで一冬を失ってしまった。──全生命を仕事に打ち込んでいた私が。これは私と同じ境遇にあった人でなければ、理解することは出来ないだろう。
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by bashkirtseff | 2010-03-20 07:55 | 1881(22歳)
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