1881.11.22(Tue)

 南へ島流しにされることを思うと、この絶望は到底述べ尽くせない。何もかも終わりになったような気持ちである。静かに仕事をしようと思って喜んで帰ってきたのに、少しの慰めはなくても、勉強ばかりして過ごそうと思って楽しんでいたのに、……それに、すべてはまた空虚となってしまった!
 他の人たちは美術の郷国なるこのパリで確実に進んでいる間に、私だけはあそこで何にもしないで、せいぜい外気が1、2枚の絵を描いているくらいで、否、それさえも甚だおぼつかないことであるが、そうして暮らさねばならぬのである。
 ブレスロオを見なさい。彼女を有名にしたのはあの百姓の女の絵ではない。……それを思うと私の胸は張り裂けそうになる。
 今夜シャルコオに見てもらうと、病気は去年より悪くなってはいないと言った。私の苦しいのはこの6日間風邪を引いているためで、すぐに良くなるだろうと言った。南に行くことについては、彼はポオテエンと同じことを言った。──南へ転地するか、囚人のように閉じこもっていなければならないと言った。でなければ、右の肺が冒されているから、外観は良くなっていくように見えるけれども、危険なことになるかも知れない。病気は一方に偏ってから、私の不注意にもかかわらず、治るだろうということであった。私は去年にも同じことを聞かされたが、耳に入れようともしなかった。しかし今度は私は考え込んでいる。そうしてパリを去ることと、仕事を妨げられることを考えて、4時から泣いている。……
 もっとも近ごろのように病気ばかりしていると、パリにいてもあまり利益はないだろう。……私を絶望させるのはそのことである!
 打ち負けて、自分でそれを認めて、そうだ、医者の言う通りだ。そうだ! 私は病気だ。
 ああ! 否、それは考えても私を絶望させる。
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by bashkirtseff | 2010-03-17 07:54 | 1881(22歳)
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