1881.10.27(Thu)

 おお、幸福! 私は嫌なセヴィルを去った。
 私は嫌なと言った。それは夕べからグラナダ(セヴィルの東約20マイル)に来ているから。私たちは今朝から外へ出て、是非とも見ないではおかれない寺院と、ゼネラリフ(アルハンブラ城の外郭の庭園、一時スルタンの別荘であった)とボヘミア人の穴蔵を見た。私は非常に喜んでいる。ビアリッツとセヴィルでは何にも感じなかった。すべてのものは行き詰まって、死んでいるごとく思われた。コルドウは3時間で素通りしたが、芸術的の都市としての印象を受けた。それは、そこで熱心に仕事が出来るだろうと感じたことを意味するのである。グラナダには遺憾に思うことが一つある。それは私が6カ月ないし1年も滞在することが出来ないということである。そこには見るものがたくさんあって、どちらへ向いたら良いか分からない。街路と言い、輪郭と言い、景色と言い!
 それはあなたを風景画家にしてしまいそうです。しかし、珍しい面白い顔の典型もたくさんあれば、色の幻惑や、調子の諧律(かいりつ)も至るところに見られる。
 しかし私の見たうちで一番珍しかったものは、グラナダの監獄で囚人の働いている光景であった。私はどうしてそんなところへ行ってみる気になったか、自分でも分からないが、しかしそれを悔いてはいない。もっともそこを去るときには闘牛を見た後と同じような圧迫を感じてはいたけれども。監獄の長官はすぐに高名な外国人の希望を入れて、何もかも見せてくれた。一人の牢番が私たちの前に立ち、罪人の中から選ばれた6人の伍長は、後について手に棒を持って整頓を命じられていた。囚人たちが一列に並んで牢番の肩章や棒の前で恐怖に近き敏速なお辞儀をする光景は、到底形容することは不可能であった。案内者が言ったように、彼らはむち打たれるのである。
 この人たちが武器を奪われて、繋がれて、子どものように労働を強いられているところを見ると、私は彼らがそこへ連れてこられた罪悪のことよりも、ただ憐憫(れんびん)の心のみが起こる。私はさらに進んで言うと、この哀れむべき人間たちの群が、おそれてお辞儀したり、熱心に仕事をしたり、教わった本を子どものようにおどおど読んだりしているのを見ると、全く不思議なほど感動させられる。
 あなたは彼らがむち打たれる光景を見ることが出来ます。彼らは往来で叩かれても反応しないではい寄る犬のように見えます。
 しかし何という立派な首だろう! 私はそこで絵を1枚描きたくなった。……許可は与えられたが、彼らの3、4人をどこかの隅に立たせることが出来たなら……。不幸にしてそれは私の絵を余りに大きなものにしてしまいそうでもあった。
 私はあなたにお勧めします、この陰うつな訪問はゼネラリフを見る前にした方がよいでしょう。ゼネラリフの庭園は確かに天国の出店でありますから。キョウチクトウやミカンの木やその他あらゆる種類の贅沢な植物の錯綜と、糸杉の並木と、バラのはいまとった裂け目の出来たアラビア風の壁と、スミレの花壇の間の小さい流れと、これらを私はなんと言って形容しようか? ……囚人たちのところへ行って、それからゼネラリフへ。
 明日はラランブラ(アルハンブラ)を見に行くのである。囚人の首を一つ描きたいとも思っている。
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by bashkirtseff | 2009-12-27 16:49 | 1881(22歳)
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