1881.10.16(Sun)

 一番珍しいものはラストロである。これはロシアの田舎の市場で見るように、あらゆる種類の掛け小屋の並んだ通りで、そこへ行くと何でも見いだされる。この燃える空の下に、何という生気と刺激と群衆の満ちていることだろう。それは驚くべきほどである! 高貴な骨とう品の何という富が、薄汚い店や、古びた階段の上に見いだされることだろう! 織物の堆積、帷帳、縫い箔、それは全く人をきちがいにするほど喜ばせる。
 しかしその気の毒な所有者たちは、全くその品物の価値には無頓着である。彼らは古い額を探すためにその汚いつめで高貴な織物をかき混ぜたり、古びた家具、彫刻、額縁、皿、小皿、さびたくぎなどと一緒に床の上にごちゃごちゃに投げ出されてある縫い箔の上を歩き回ったりする! ……私は縫い箔をしたサケ色の窓掛けを1枚買った。それは700フランだというのを150フランで買った。それから青白い花の縫い取りのした、調子の非常に良くできた麻の女袴を、20フランだというのを5フランで買った。
 1万フランも使えないのは何という不幸であろう。たった1万フランもあれば、アトリエの装飾は出来ると思うのに!
 エスコバルは私たちと闘牛を見に行った。私たちの席には、彼の父と、マダム・マルチネスと、ほか2人と、及びエスコバルがいた。私は第2印象を得たいと思ってまた行ったのである。今日は雄牛が1頭だということであった。私は今日が最後の日曜日だろうと思った。要するに非常にきらびやかな見せ物である。国王も女皇も王子たちも来ていた。日光と、音楽と、喝采と、歩踏と、口笛と、ハンカチーフの波と、帽子の飛散と。それは世界のその他の場所では見られない独特の光景である。その壮観は人をしてわれを忘れしめる。──私はそれをようやく理解してきた。そうしてそれに興味を覚えるようになった。私は嫌悪の身震いをしながら、実は気乗りがしないで行ったのである。けれども残虐性の精錬されたこの屠殺(とさつ)の前に立って、私は色も変えないでいた。もし何物も見なければそれは甚だ美観である。……しかしついに興味を覚えてきて、この不名誉に面して単なるやせ我慢から勇気を維持していた。私は絶えず眺めていた。そこを去るときには少し血に酔ったような気持ちであった。そうして会う人ごとに突き刺してやりたいような気持ちであった。
 私はナイフを手やりのつもりにして卓上にあったメロンを突き刺した。すると、果肉が雄牛の裂かれた皮から震え出るように思われた。おお! それは肉をうごめかせ、頭をおののかせる光景であった。闘牛は殺人のけいことも言うべきであった。出場の人たちは、上品で優美で、敏しょうを極めているにもかかわらずその運動には、威厳が備わっている。
 これを人間と動物の決闘と見なす人がある。動物の方が形においても、力においてもはるかに優れていて、見ものではあるが、しかし最初からどちらかが負けるかということを知っている場合に、それを決闘と呼ぶことが出来るであろうか? 私は自白するが、闘牛者が美装して優美なその姿を現し、相手の牛の前で観客に3度あいさつをして、片手に外とうを掲げ、片手に剣を持って、静かに立っている時の光景は、人の心を引き付けるようなところがある。そうして実際それが演技中の最上の部分である。なぜと言うにそのときは血を1滴も流さないから。しかしエスパアニュ人は馬の苦しみなどは気にも留めないからそんな光景を喜ばない。それで私はこの野蛮な娯楽に賛成するようになったのであるか? 必ずしもそうではないが、それには壮大な英雄的な一面がある。この1万4千ないし5千の観客を入れる円形劇場には、私のもっとも賞讃する古代の面影がどことなしに見られる。けれどもまた一面には残酷な恐るべきかつ卑しむべき点もある。もし演技に携わる人たちが、これほど熟練でなく、たまに傷の1つ2つも受けるようであったならば、私はこんな不平は言わないであろう。しかし私を嫌がらせるものは、人間の憶病の展開である。しかし闘牛者はライオンのごとく勇敢でなければならぬとは言われている。おお、否、彼らはあまりに利口で、怒らされた動物の恐ろしいしかし単純な攻撃を避けることをあまりに良く心得ている。実際の危険は、手やりにある。すなわち人が動物の攻撃を誘致して、動物がその角で突き刺そうとして突進してくるときに、その肩に手やりを突き刺す場合である。これには特別の勇気と熟練を要する。
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by bashkirtseff | 2009-12-05 23:23 | 1881(22歳)
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