1881.10.13(Thu)

 私はいつも肉体的にパリを嫌っている。いつも、いつも。マドリッドは町並みは不規則で貧乏じみて見えるけれども、パリに比べればはるかに同情的である。パリを見なさい。その派手やかさは退屈なものであります。その店屋、その cocottes〔浮いた女たち〕、その生々しい新しい家、すべてが恐ろしく非芸術的であります。おお! ローマ(そうしてマドリッドも少しそれに似ている)。おお! 南国。私は南国から来たのです。私は小ロシアで生まれて、ニースで育ったのです。私は南国が好きです。
 私はヴェラスケスの「ヴァルカン」の模写を終わった。もし公衆に判断させれば、これは良いに違いない。例の名画の模写を売る哀れむべき人間どもが、私が描いている間に毎日何度も見に来た。それから美術学校を出たばかりの若い子どもたちが、フランス人やイギリス人、エスパアニュ人の群れと一緒になって、私の周りにたかってお世辞を振りまいていったりした。
 そうして私が去ると皆は、はしごに登って私の大きな絵筆を見たり、絵をのぞいたりした。一言で言うと、私の親愛なる子どもたちよ、それは実際人を振り返させるほどのものです。もしその人があまり高慢屋でさえなければ。
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by bashkirtseff | 2009-11-27 07:48 | 1881(22歳)
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