1881.09.27(Tue)

 昨日はベイヨンヌで家族の間で暮らし、今日はフォンタラビでまた家族の間で暮らした。私は家族と離れては外に出られない。私は馬に乗りたかった。けれども乗馬服が悪くなっている。そうしてよく知りもせぬロシア人と一緒に乗るのは面白くもない。フォンタラビは良いところである。ビアリッツは平凡で、その平凡な美において甚だ見苦しくある。だから、誰でもそこから逃げ出したくなる。すぐ向こうの小さい港のほとりに子どものこじきたちがたかっていて、うまく絵になりそうである。けれども私は早くエスパパニュを見たい。そうしてもしエスパアニュでそれ以上のものに出会わなかったならば、フォンタラビへ引き返そうと思う。
 部屋にルーレット(一種の玉転がし)があったから私はやってみた。けれども40フラン失って、その代わりに写生をした。ここは世界の端の小さい片隅である。だから誰にも私の賭けをしたのを見られなかったようにと祈っている。おお! マダム・Rの話に耳傾けながら3時間も馬車をかけらした事を想像してみて下さい! この婦人は普通の社交界の談話ほどの魅力もない平凡な話ばかりした。私は何だってそんなまねをしたのだろう!
 オテルのまずい料理は公爵婦人たちでさえ食べられるのに、なぜ私は食べられないのだろう? 私を取り囲んでいる知的貧弱になぜ私は耐えられないのだろう? 私は言うまでもなく自分のふさわしいもののみを持っている。だから、要するに、もし私が実際に卓越した人間だとしたならば、1つの手段を見いだしたに違いない。……ああ! 死のごとき倦怠!
 おお、私の子どもの時の夢! おお、神聖なる希望! ああ! もし神が存在するならば彼は見捨てたのである。私はパリにさえいれば平和である。旅行すると私は絶えず家族の人たちと一緒に投げ出されて、それが私をいら立たせる。必ずしも母たちが粗野であるとか、作法に欠けているとかいうわけではない。他人のいないときには、彼女は非常にしとやかである。そのときは本当に私の母たちである。けれども他人が混じると母はよそ行きの挙動をしたり、私を怒らせるような言葉扱いをしたりする。
 それは半ば私の落ち度である。私はいつも母たちが社交が下手だといって非難したり、彼らを励まして良く振る舞わせようと思って気に入らないことを言ったりした。その結果はこんないやな態度をさせることになったのである。いつも私は家の人たちの不平ばかりを述べている。けれども私は彼らを愛しているのである。私は自分で正しいと思っている。
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by bashkirtseff | 2009-11-10 07:42 | 1881(22歳)
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