1881.08.10(Wed) 08.11(Thu)

 私は毎日パッシへ行く。けれども席に着くとすぐ自分の始めたことが恐ろしくなる。第1にそこには6度座らせて金を払って、何にも役に立たないで、暇をやったフォルチュナタがいる。それから私が気違いのようになった絵がある。ジュリアンは私に構図を変えねばならぬと言った。それは私が何にも知らないということを感じさせられるに十分であった。初めは向こう見ずに取りかかったが、始めた後でいやになってきた。実際を言うと、あと20日きり残ってない。もし雨でも降ったなら?
 私の絵はある選挙の貼り札の前に1人の八百屋の小僧がかごを持って立っていて、1人の職人が腕にナプキンを持っている男を見て笑っていて、1人の間の抜けた顔をした遊冶郎が大きなボナパルト党の帽子をかぶって立っている。その男は帽子よりほかには何にも見えない。そうして背景には1人の小さい女がいる。それは等身大である。この絵のことを思うと、私は気違いのようになって、今これを描きながらも手が震えている。私は思い付くと同時にそれがいやになった。けれどもこの絵よりほかに何にもないので、多くの日数を失いながらいまだになお決しかねている。哀れなる性格ではある! 私は自分の好きなことが出来るほど自由になったら、何にも出来なくなるであろう。私をばかにするものは私の病気である。そうしてブレスロオの賞状は私の翼を挟みきってしまう。天は正しい。私は自分に聞く、……この絵はどうなるだろう、これは新しくもなければ創意もないとジュリアンやその他の人が言わないであろうか。
 けれどもそれは真実である。もしうまくいったらば、確かに良い絵になるであろう。もしアレクシスが8月中にここに来たならば、彼に遊冶郎のモデルになってもらおう。彼が来なければ絵は出来ない。そうしてナプキンを持った老人を私はまだ発見しない。しかしこんなことは私の心が決まって全速力を出せるようにさえなったら何でもない。私は今時を失いつつある。そうして気を落ち着けるために読書をして目を悪くした。
 私のちゅうちょを誰に相談すべき方法も世界中にない。トニーはスイスに行っており、ジュリアンはマルセイユにいる。私は絶望している! 何かを決定するとすぐ1つの声が私に言う……要するに何をしたところできっと不利益になるだろう。もし私が絵をよしたなら、誰かほかの人がそれをするだろう。そうして私は死ぬほどいやな思いをしなければならないだろう。もし私がそれを続けたならば、仕事はうまくいかないで雨までが降るだろう。かつすでに20日を空費している。私のなし得るすべては、確かになさねばならぬことの反対のものであるだろう。だから私は何物にも心を用いることをやめねばならぬ。ああ! こんなになってしまったとは何という恐ろしいことだろう!
 私は少し白髪が出来た。この間私は前の方に2本発見した。それは耳が聞こえなくなってからのことである。……それだけでも恐ろしいことではあるまいか!
 おお、今……少なくともそれは私の不平を手短に切り上げさせる。私は他人より以上の不平の原因は持たない。これは事実である。けれども私がもはや何らの用をなさなくなったことも同様に事実である。社会生活、政治、知的快楽、──こういうものはすべて霧を通して以外に私と交渉しない。その霧を通してすべてのものは私の感覚に、鈍って混乱して到達する。もし私が危険を冒してそういった種類の快楽を求めるとしたならば、私は自分をこっけいで覆い、あるいは自分が愚人と思われることの危険を冒さねばならぬだろう。すべての法外なこと、とっぴなこと、放心の態度を私はサン・タマンドだけに自分の聞こえないことを隠すためにも装わなければならぬ。それは40頭の馬を喪心させるに足りるほどである。あなたが若くて、美しくて、すべてのものに対して希望を持っている場合に、自分のつんぼだということを承認することが出来ますか! こんな事情の下において、赦免やれんびんをこうことが可能でありましょうか! その上、ものの存在ということは何の役に立つか? 私は頭が裂けるように感じて、もはや自分はどこにいるかも分からない! おお! 否、私の想像していたような神はいない。上帝というものはあり、自然というものはある。それはある。けれども私が毎日祈っていた神はいない。神は私に何物をも恵まなかった! それはよいとして、神は私をこんなにして殺そうとしており、私をこの上なお不幸にしてこじき以上にすべての人にたらしめようとしている! そうして私は何をしただろう? 私は聖者ではなく、教会の中で月日を過ごしてもいなければ、断食もしない。けれどもあなたは私の生活を知っていられます。私は自分の家族に対して絶えず不幸な侮蔑(ぶべつ)を与えていたことを除けば、その他は1つとして非難さるべきことをしたことはない。毎晩神に祈って私が境遇からうちの人たちに無理なことを言わねばならなかったことの許しをこう必要があるでしょうか? なぜと言うに、もし私が母に対して良くないとしたならば、それは母が私にそんなことを言わせるように仕向けたためであることは、あなたも良く知っているはずです。
 しかし私は恐ろしく打ちくじかれています。もっとも上品な残酷なことのために打ち砕かれています。
 しかし、神、私のいつも信じていた神、そんなものは存在していない、それは可能なことではない! それなら? おお! 否、私たちはそれでも1つの神を持たねばならぬ、人のために善悪を定めるために。
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by bashkirtseff | 2009-10-26 07:56 | 1881(22歳)
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