1881.08.09(Tue)

 今朝医者のところへ行った。この2週間に3度目である。彼はそのたびに私に1ルイを取りに帰らせた。治療はいつも同じであった。
 実際それは人をきちがいにしてしまう。皆の言うところによると、私のよう場合には千に1つくらいきりつんぼになることはないという。その1つが私の場合でなければならぬ。毎日のどで苦しんでいる人や、死にかけてる肺病患者を見るが、しかしつんぼになる者は1人もない。ああ! 実に予期しなかった恐ろしい打撃である! 声を無くすることでも十分に悪いのに、さらにこの名状し難き苦痛が付け加えられるとはどうしたことだろう! これは小さいことに不平を言ったための刑罰であるに相違ない。刑罰を与えたのは神であるか? 許す神、恵みの神、善良の神であるか? 人間の中でも1番に忌むべき者といえども、これ以上に無情なことはないであろう!
 私は年々刻々に苦しんでいる。うちの人たちの前で顔を赤めねばならなかったり、彼らが私に話しかけるときに声を高めてくれることの親切を感じたり、店に入るたびに自分の耳の聞こえないのを知られまいとして心配したりして。けれども、それはそれほど悪いことでもないが、私が友達と一緒にいるときには、自分の不具を隠すためにどれだけの技巧を尽くさねばならないであろう。否、否、否、それはあまりに残酷な、あまりに恐ろしいことである! 絵を描くときのモデル! 彼らが私に言うことはいつも私には聞こえない。それで私は彼らに話しかけられるのを恐れている。あなたはそれが私の仕事に影響しないと思いますか? ロザリがそばにいるときには、私を助けてくれます。けれども1人きりの時は私はめまいがして、「もう少し高い声で言って下さい、私は良く聞こえないのです!」と言おうと思っても、舌が言うことを聞かない。私の神様、私を哀れんで下さい! もし私が神を信じなくなったら、それはたちどころに絶望の死を意味する。初めにのどを悪くし、その次に肺を痛め、のどからさらに耳が悪くなったのである。今それを治さねばならぬ。私はいつも体のことばかり気にしている。治術を誤ったのは、ドクトル・クリシャベルであった。彼の治術を受けてから私は……
 私の神様、私は世界の他の者から無残にも引き離されねばならないのでありましょうか? それを忍ばねばならぬのが私です、私です。私です! ああ! そのことがそれほど痛ましく感じない人も世間にはたくさんあるでしょう。けれども私にとっては……
 おお、何という恐ろしいことだろう!
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by bashkirtseff | 2009-10-24 17:21 | 1881(22歳)
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