1881.07.21(Thu)

 私たちは今聖ウラジミルの言葉に従うと「ロシアのすべての町の母」と呼ばれる神聖な都市キエフに来ている。聖ウラジミルは自ら洗礼を受けて、その後で、すべての人に望むものも望まないものもことごとく洗礼を施すためにドニエペルに入れた。そのうちのある者はきっとおぼれただろうと私は思う。しかし愚人たちのもっとも悲しんだことは、彼らが洗礼を受けるときに、同時に川に投げ入れられた彼らの偶像の運命であった。ロシアのことに関しては美と富について知られないことがまだ多くあるから、私が今ドニエペルは世界中で1番美しい川の1つであり、その沿岸は絵のようにきれいだと言ったならば、あなたはこれまで知らなかったことを聞いたことになるでありましょう。キエフは不規則に立てられた混溷(こんごん)の町で、山の手と下町との間には非常に険峻(けんしゅん)な街路がある。どこへ行くにも距離が遠いので愉快ではないが、しかし興味はある。昔の町については何物も残っていない。その当時のロシアの文明は、技術もなければ堅牢もなしに建てられた、つまらない、教会堂で満足していた。その結果として、今では何らの遺物も存在していない。もし私が誇張して言うならば、この町には住宅と同じ数の多くの教会堂があると言い得る。寺院と修道院はおびただしい数で、1つの小さい町に3つも4つもあって、多くの円屋根が金色に光っている。壁と円柱は白く塗られて、蛇腹と緑色の屋根をしている。中には正面全体に聖者の生活を描いたものもあるが、すべてどこまでも単純に出来ている。
 私たちはまずラヴラに行った。ここはロシアのあらゆる部分から毎日幾千という巡礼が集まってくる修道院である。
 内陣と礼拝堂とを区画している画像帷幄(いあく)には銀で彩られたさまざまの画像が描かれてある。神壇と扉には銀の象眼が施してあって、聖者たちのひつぎと同様にかなりの金額のものであろう。その他枝燭台も燭台も皆銀の装飾である。僧侶たちは宝石のいっぱい詰まった袋を持っていると言われている。彼らはロオトシルド家に劣らぬほどの金持ちだと言われている。
 ピエール大帝とニコラス帝は彼らから千万ルーブルを借りて返さなかった。そうしてそれは当然である。あなたの国の僧侶たちは貧民に物を与えるが、私たちの国の僧侶たちは誰に何物をも与えない。そうして巡礼たちがどれだけ多額の金を持ってくるかあなたには想像はつきません。仮に、1人の巡礼が1日に1スウ(約2銭)ずつ持ってくるとしても。またミサを唱えてもらったり、ろうそくを上げてもらったりするために莫大の金が消費される。それから、画像や神前に供えたメダイユなども売られる! 非常に珍しいのは狭い低い塋窟(えいくつ)で、地下の穴だけにしけて真っ暗である。皆小ろうそくをともして入っていく。僧侶が案内に立って、聖者たちの死骸(しがい)の入った開いたひつぎを見せる。死骸はまだ朽ちていないが、それは干し固められてある。それを彼らは奇跡だと呼んでいる。
 母様は例えるものもないほどの熱心をもって祈った。ヂナと父は私のために祈ったことを私は良く知っている。
 けれども奇跡は成就されなかった。あなたはお笑いになりますか? 私はどうかと言うに、そのことをほとんど信じています。教会とか、遺骨とか、ミサとかいうようなものには私は重きは置きません。けれども私は祈りをば信じています。ことに私の祈りをば信じています。今でもなお私は信じています。私の願いは聞かれなかったが、いつかそのうちには聞かれるだろうと思います。私はただ神のみを信じています。しかし私の信じる神は私たちの言うことを聞いて心配してくれる神であろうか?
 神はすぐ教会で私を治してくれることはないであろう。私はそんなことをされるにはふさわしくない。けれども神は私を哀れんで、医者を励まして、その医者が私を治してくれるだろう。……しかし、あるいは、ついには……でも私は祈ることはやめないだろう。
 母は神前に供えた画像や遺骨を信じている。……実際母は異教徒風の信仰を持っている。非常に信心深い、そうしてあまり卓越していない人間たちのように。
 もし私が画像や遺骨の力を信じるならばあるいは奇跡が現れたかも知れない? しかし、実際、ひざまずいて祈ったところで何にもならなかった。私はどこへでもひざまずいてただ神に祈るということなら良く理解している。神はどこにでもいる。……しかしどうしてこんなものが信じられるのか? 拝物教は神を低め神を災いするものであると私には思われる。多くの人には、巡礼の大部分には、神は全く目に見えない。奇跡を働くと言っても一片の干し固められた肉があるきりで、祈るとか祈りが聞かれるとか言っても木製の偶像があるきりである。……私が間違っていて、彼らが正しいのであろうか? もっとも心の明るい人は正しくなければならぬ。……私の神は少なくとも実際の信仰に必要だと言われるこんなミサとは反対のものでなければならぬ。……
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by bashkirtseff | 2009-10-21 07:45 | 1881(22歳)
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