1881.05.23(Mon)

 ついに何もかも行李られて、わたしたちは停車場へ行った。そのとき、出発の間際になって、私のちゅうちょはほかの人たちを動かした。私は泣きだした。母様は付き添いの者を連れて、ヂナと叔母と一緒にいた。父が来てどうしたのかと聞いた。私は涙で答えた。ベルが鳴って、私たちは車の方へ掛けていったが、私の座席券が取ってなかったので、皆普通車に入っていった。(私はそれを拒んだ。)私は皆に着いていきたかった。けれども戸は閉ざされた。私は乗車券を持っていなかった。それで私たちはさよならも言わないで別れてしまった。
 ああ、私たちはお互いに不平を言い合ったり、憎み合ったりする。けれども別れると皆忘れてしまう。一方には母、また一方には叔母、そうして中間には父が。父は怒っているに相違ない。なぜと言うに、大体から見て彼はあまり親切ではなかったから。けれどもこの無用な旅行、暇つぶし、その他私は何て言って良いか分からない。初めには行くことを思って泣いた。今では残ったことを思って泣いている。ブレスロオのことなどはもうほとんど考えていない。そんなことは皆どうだって良い。私は実際ここでもう少し自分の体のことを気を付けて、時間を失わないようにせねばならぬと考えている。
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by bashkirtseff | 2009-07-01 07:39 | 1881(22歳)
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