1881.05.01(Sun)

 アレクシスが早く来た。彼は2人分の入場券を持ってきた。それで私のと一緒にすると4人行けるわけである。ムッシュとマダムと私とアレクシスと。私は自分の服装にあまり満足しない。ネズミの黒っぽい毛織物に、きれいではあるが平凡な黒い帽子、私たちはすぐに私の絵を発見した。それは特別室の左手の第1室の第2列目であった。私はその場所が気に入った。そうして私の絵が大層良く見えるのに驚いた。それは良い絵ではない。私はひどく見えるだろうと思っていたのに、そうでもなかった。
 けれども何かの間違いから私の名前がカタログに落ちていた。(私はそれを注意して訂正してもらった。)誰でも最初の日には良く見ることが出来ない。すべてを早く見たいと思うからである。アレクシスと私は、右と左を良く見るために両親から少し後に下がっていると、そのうち見失ってしまった。私はアレクシスの腕を取った。私は両親から自由になって、恐れなく歩いた。大勢の知り合いの人たちに出会って、数多くの喜びの言葉を受け取ったが、それは少しも無理に出たものとは思えなかった。それは極めて自然なことである。その人たちは、絵のことが分からないので、かなり大きな絵の中にたくさんな人物があるとそれを非常に良く見たのである。
 1週間前私は1千フランを貧民に寄付した。誰もそのことを知らない。私は自分で事務所へ行って、礼も言われないうちに急いで逃げ出した。事務員は私がその金を盗んで持ってきたと思ったに相違ない。その金に対する報酬は天が私に与えてくださる。
 ボジダアルと連れだって歩いていたアベマが私の絵に満足したという言づてを私にした。それは男の絵のように強くできているうんぬんと言って。数分後に私たちはサラ・ベルナアルのその有名な友達と出会って知り合いになった。
 彼女は非常に品の良い娘で、私は彼女に褒められたことを喜ばしく思った。ことにボジダアルの話によると、彼女はBと近ごろ仲が悪くて、彼女が今年出した絵を好まないと言っているそうであるから。
 私たちはそこで朝飯を食べて、美術の中で6時間を過ごした。私は絵のことについては何にも言うまいと思います。ただ私はブレスロオの絵を非常に高く感じたということだけを言っておきたい。非常な美である。しかし無造作な描き方と愚かな絵の具の盛り上げである。鳥のつめのような指と、岩の裂け目のような穴の空いた鼻と、恐ろしいつめと、堅さと、絵の具の浪費と。実際それは印象派のにおいがして、バスティアン・ルパージュの模倣である。
 あなたは自然の中のどこでこんな染みとこんな透視を見たことがありますか?
 しかしそれにもかかわらず、この絵には美がある。人は皆バスティアン・ルパージュのウォルフの肖像と「こじき」の間に挟まった3つの首を見ている。
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by bashkirtseff | 2009-02-23 22:07 | 1881(22歳)
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