1881.01.09(Sun)

 ポオテエンは私が言うことを聞かないので、もう世話をするのは嫌だと言いだした。
 ああ! 出掛けるのはどんなに望ましいことだろう、イタリアへ、パレルモへ。ああ! あの透明な空! ああ! あの青い海! ああ! あの美しい静かな夜! イタリアのことを思い出すと私は気違いになってしまう。例えばまだ自分に用意の出来ていない貴重な物でも隠されてあるような感じである。いや、それでは言い足りない。……私には何と言って形容したらよいか分からない。……例えば私を待っている偉大な幸福か何ぞのごとく、それに向かって私は万事をなげうって行きたくなる。さあ行こう! 私は言い出す。いや、まだまだ、と私はすぐ考え直す。私は勉強せねばならぬ。仕事をせねばならぬ。その後で、いつのことだか分からないが、完全な安息がある。イタリアがある。……私には何物がそこにあるか知らないが、しかしその名が私に及ぼすところの効果は、魅力であり、魔法であり、まか不思議である。
 おお! そうだ! 出掛けることが私には必要だ。シャルコオもポオテエンもその他の人たちも皆私に出掛けるように勧めるところを見ると、私は非常に悪いに相違ない。南国の空気はすぐに私を健康にするだろうとも感じられるが、しかしそれは彼らが間違っている。
 なぜ母様は帰っていらっしゃらないのだろう? それを望むのは私の方が勝手すぎると皆は言う。そうであるかも知れない。しかしいつでもそうであるもの。とにかく! すべては終わった。あるいは今1年くらいはあるかも知れない。1882年は私の子どもらしい夢の重大な年である。私が運命を決しようと決心しているのは1882年である。ただしそれがどんな意味であるか私にも分からない。恐らくそれは死であろう。今夜アトリエで、皆は頭蓋骨をルイズ・ミセルのごとく仕立てて、赤い襟巻きをさせて、シガレットをくわえさせ、短刀の代わりにパレットナイフを持たせた。私にも1つの頭蓋骨がある。私たちは頭蓋骨になってしまう! 恐ろしい空虚!
 今夜私は一枚のエスキスを描いた。マドレエヌの花市。1人のきれいなパリの婦人が小さい子どもを1人連れて、花をいっぱいに並べた店で年取った女の手から買っている図である。なすべき唯一のことは見た物を描くことである。それは極めて自然である。全くパリ風である。描いて眺めるのに非常に興味があって、私のアトリエでも容易に出来る。それからこれらの花は皆美しい。それは決まった仕事よりもはるかに容易で、かつ早く出来上がる。そうして家で静かに描くことが出来る。それで、私はトニーが何と言うかを見ようと思う。ジュリアンは自分の店のことばかり考えているから。
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by bashkirtseff | 2009-02-12 10:48 | 1881(22歳)
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