1880.10.21(Thu)

 モン・ドールで描いた絵をジュリアンに見せた。もちろん彼は、近ごろの美術家たちは良いと思うかも知れないと言ったり、バスティアン・ルパージュとブウヴァンの混合だと言ったり、もう少し手を入れたら良い絵になるだろうと言ったり、どこか面白いところがあると言ったり、しかし良くできてはいるが「首締め人のような」描き方だと言ったりして私をいじめた。若い女が子どもに乳を飲ませている絵については、彼はただ、母親は胸をすっかり裸にして乳を飲ませるものではないと言ったきりである。私はその絵を色の冷めたような調子で作り上げた。女は黄色いふらし天の低いいすに腰掛けて、両足を投げ出して、足先は裸出して、片足を床机の上に置いている。顔は横向きで、胸は4分の3である。子どもは乳を吸いながら、その小さい片手で胸を押している。背景は寝台幕で出来て、その先には青磁の花瓶に入れられたシュロの木が陰になって見えている。それは非常に色の冷めた調子であるが、しかし1つの肩だけは少なくとも覆わねばなるまい。
 頭蓋骨に向いているモデルの絵については、彼は心から感心した。彼は「こう来なくちゃいかん」と言った。「乱暴で、嫌な絵だ」と言った。それで私は付け加えた。──「本当に嫌な絵です。だからこう来なくてはならぬと言うのでしょう。これが自然です。」──
 「しかしそれに署名しちゃいけません。攻撃を受けますよ。だが、ちえ、実に自然ではある。私はあなたが今すぐにも偉い画家になるだろうというのじゃありませんが、あなたはこの絵できっと有名になります、この変な創意で。これは人を泣かせる絵です。ことにこれが婦人の手で、若い娘の手で描かれたことが知れると。私が描いても同じことです。私が描くと、人は皆顔を覆います。」
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by bashkirtseff | 2009-02-06 14:57 | 1880(21歳)
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